ボヘミア

 チクブ島宇宙センターには、ジェットコースターを連想させる全長4㎞を超えるロケットスレッドが設置され、天空に向かって軌道が斜めに延びていた。

 天候は至って穏やかで、風もない。絶好の打ち上げ日和だ。リフティングボディの白い機体“フリーダム号”は固体燃料補助ロケットを誇らしげに装備して、いつでも飛行できるように翼を伸ばしていた。


「……打ち上げ予定時刻超過。システムの再チェックを継続中」


 デュアン総督が搭乗したスペースシャトルは、何度もカウントダウンをキャンセルした。


「残念ながら完全に機能解析が進んでおらず、コスト関係から90%の完成状態なのです」

 

 管制室からは信じられない説明が、デュアンのヘルメットに無線で届いた。


「この数十年間、莫大な予算を浪費して、一体何をやってきたというのだ!」

 

 デュアン総督はコンソールを叩いて激怒した。


「当時の技術者でもいれば何とかなるかもしれませんが……誠に申し訳ありません」

 

 モニター越しの技術スタッフは頭を垂れるばかりだった。憤慨したデュアン総督は、重く複雑な宇宙服を煩わしく思った。岩のような重量のヘルメットを投げ捨てたくなり、幾つか接続されているコード類を乱暴に引き抜いた。怒りに震える彼女には、誰も近寄れない雰囲気を醸し出している。


「かまわん、このまま打ち上げを強行しろ。どうせ、ここに留まっておればB級奴隷どもが押し寄せてくる。オカダ査察官に計画を妨害される前に飛び立つぞ」


「何と……」


 操縦席のパリノーは耳を疑った。十分なテスト飛行もしていないので、正に自殺行為だ。


「聞こえないのか! 強行突破だ! 革命の首謀者のゴールドマン教授とオカダ査察官はすぐそこまで迫ってきている。捕まって処刑される前に脱出するのだ」


 彼女は自分のしてきた事を十分に理解していた。輝かしい業績を誇りに思うと同時に、払っても逃避してもなお、のし掛かってくる責任の重圧に心が押し潰されそうになる。

 デュアン総督のプライドは敗北を受け入れる事を頑なに拒絶し、耽美な心地よい響きを持つ名誉ある死のあり方を模索しつつあるように思えたのだ。


「……カウントダウンを再開します。各スタッフは最終調整に入って下さい……」


 

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