ハイデア

 通電した瞬間、落雷が起こったような衝撃が走り、水溜まりはフラッシュ光に包まれた。更にあちこちで眩しい火花が迸って目がくらんだ。何かが爆発するような音も聞こえる。強烈なショックで僕は後方へと弾き飛ばされた。

 

「ぐがッ!……」


 ブエルムは両手首から数メートルのチェーンを垂らして水面に付けていたが、そこからのダメージが顕著だった。強ばった肉体から薄い煙が狼煙のように上がっているが、黒焦げにはならなかった。


「ぐぅおおおおおおおぉぉ!」


 断末魔の雄叫びを上げた師匠殺しマスターキラーは両膝を着き、スローモーションで崩れるように背から泥水に伏したのだ。チェーンのジャラジャラと鳴る音が消え、水溜まりから大量の水蒸気が地獄の釜のように白く沸き立つ。湯気に霞む筋肉の塊は、凄惨な眼差しから光が途絶えると、二度と動く事はかなわなかった。


 驚いた事に最強のカルキノスは体積が大きい分、感電のダメージが少なく活動に支障をきたさなかった。蒼い火花散る電力ケーブルを折れたハサミで掴むと水溜まりの外に放り出した。そのまま口から大量の泡を吹きながらビワ湖の方へ動き出す。


「すごい、信じられない。間違いなく考えて行動している。やはり、奴には知性インテリジェンスが存在するのか」


 タッキーとキャプテンの翼が感心して片腕のジャックを見遣る。ゆっくりとした行動でゲート方面に向かうと、自分が壊したバリケードから外部に出て全力でビワ湖まで逃げ帰るようだ。


 ビルショウスキーと湖賊達が集まってくる。一家に欠員は出ず、僕を助け起こすと勝利を祝い始めた。


「いや、まだだ、奴との決着が付いてない」


 カクさんが困ったような表情で言った。


「片腕のケプラーモクズガニか? もう逃がしてやればいいじゃん。あいつが出てこなかったら、俺達はブエルムにやられていたかもしれないぜ。言わば助けられたようなものだ」


「カクさん、奴の腕の毛を見ただろう。少なくとも50人以上は食われているはずだ。これから女子供の犠牲者を増やさないためにも、ブリュッケちゃんのような孤児を出さないためにも、俺が唯一できる事と言えば……」


「人間側の勝手な都合だけどね。奴は何も悪くないよ。でもそうと決めたなら……」


「ああ、最上位の敬意を払ってお引き取り願おう」


 僕はコンタクト・ドライブシステムにアクセスするとインディペンデンス号にリンクする。瞬間的に片腕のジャックがモニターできた。奴はビワ湖を目指して横ばいで脇目も振らず移動している。化物といえど、やはり同じケプラー22bの地で必死に生きている一生命体なんだな。


「副砲を最高出力で照射する」


 トール・サンダーの掛け声と共に、白昼のオーロラの光のような淡くも残酷な光柱が天空より降り注いだ。それはまるでビワ湖に反射するブエルムの墓標のようにも思えた。


 大爆発の光と地響きと衝撃波が三重奏となって我々をメランコリックに祝福するようだ。

 僕は切に願う。奴らに知性があるのなら、片腕のジャックの最後を仲間に伝える事を。願わくば今後一切、人類に手出しするのを諦めてもらいたい。この警告は伝わるのだろうか。


 爆心地にビワ湖の水が流れ込み、地図にもない小さな湖が新たに誕生した。

 名前はもう決まっている……“ジャック湖”だ。

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