イルザ

 目まぐるしく変わる異様な世界に出口が見えてきたのか。それとも僕は、あちらの混沌に引き寄せられてゆくのだろうか。


「最後に聞かせてくれ。あなたは今、なぜ俺に話しかけてきたんだ?」


「それは気まぐれさ。私は個であると同時に全でもある。だから私でも我々でもいい。果てしない宇宙においても独りではないし、寂しさから認知を望んだ訳でもない。人と呼ばれる者よ、時の流れの中で滅びるだろうが、我々は待っているぞ。いつしか死の概念を克服し、我々の後継者となる事を。最高傑作に数えられる“生命”になぞらえると、形質を受け継いだ子供、いつの日にか私の子孫と呼ばれる時まで静かに待つ」


「…………」


 


 再び周囲が闇に包まれる時、悪夢とも現実ともつかない鮮烈なイメージが脳内によぎった。考え得る最悪のシナリオだ。

 疲弊した人類がビワ湖から大挙として押し寄せたカルキノス群に蹂躙されてしまう。冷血動物の本領を発揮した巨大ガニのハサミに男女とも服を剥かれた後、情け容赦なく細切れにされ、貪り食われた。後には血に染まった衣服と身に付けた金属製品だけが残される。

 アマゾネス軍団に捕らえられ、無残にも処刑されたシュレムがビワ湖に投げ捨てられた……カルキノスの餌としてゴミのようにデュアン総督に捨てられた。シュレムが、皆が……。

 

 僕の精神を司っていた何かが反転した。怒りをバネにして強烈な生への執着心が燃え広がったのだ。復讐とも違う破壊衝動が、心のマグマだまりとなって心臓の冠動脈あたりをよぎる時、あらゆる暗く苦い沈殿物を一掃したかと思うと、負とは逆方向のベクトルに稲妻の速さで噴出し、そのまま過ぎ去っていった。


「……シュレム!!」

 

 これは間違いなく現実世界で発した、僕の肉声による叫び。

 悪夢から逃れるためか、上半身を電気仕掛けの人形のように起こした僕を受け止めてくれたのは、白衣を着たシュレムの胸だったのだ。

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