オスタラ

「きゃあああぁ!」


 鈍い音と、骨をかする衝撃が僕の背中に伝わる。間一髪でシュレムに覆い被さったのだ。

 簡易なボディアーマーを装着していたので、背中を袈裟切りされても致命傷に至らなかったのが不幸中の幸い。


「もう男女で争い、人間同士傷つけ合うのはやめよう。俺のせいで死傷者が出るのは、もう沢山だ」


「オカダ君! ……!」

 

 シュレムは、僕の後頭部にかけての傷口を押さえて泣き出してしまった。彼女の指の間から生ぬるい鮮血が滴り落ちる。


「泣くなよ、君は経験豊富な医療従事者なんだろ……今までに何百人も重症患者を診てきたはずだぜ」

 

 ポンチョを取り去り、高貴な姿を晒したザイデルは敗軍の将のような惨めさを一切持ち合わせていない。だが一瞬にして目の前に現れた僕の顔を凝視すると、骨折のため吊っている左腕をわなわなと震わせた。


「オカダ? ……オカダ査察官なのか!」


 ザイデルは美しい顔を憎悪で歪めると、金の装飾を施したサーベルを鈍く光らせた。


「オカダ査察官! よくも我が部隊を! 今ここで息の根を止めてくれる!」


 頭上にまで振り上げたサーベルが宙に舞う。スケさんの長い脚から繰り出されたハイキックが手首を刈ったのだ。


「ここまでよ。怪我人は大人しくなさい」


 スケさんは奪い取ったサーベルの刃先をザイデルの鼻先に突き付ける。


「くそ! 殺せ! シルマーのように戦場で死にたい」


 ネコミミを黒髪の中にしまったスケさんは、サーベルの鎬に当たる部分でザイデルを打ちすえた。


「死なせないわ。あなたには戦後、この世界を立て直す仕事が残っているでしょ」 


 


 僕にはあらかじめスタリオン高機動車から降ろしていた治療キットがある。そいつを意識がロストする前にアニマロイド軍団のタッキーとキャプテンの翼に持ってきてもらった。応急キットの絆創膏を貼っただけで塗布されているナノテク治療ゲルが傷を修復してくれる。ちなみに細胞外マトリックスの技術を使えば、失われた指でさえ再生できるのだ。


「傷口に絆創膏を貼ってくれよ。美人看護師さん……」

 

 泣きじゃくるシュレムにそこまで言うと僕の意識は、ゆらゆらと揺らめき混濁し始める。そして深い眠りに落ちるように途切れたのだった。


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