ドロテア

 銃と一体になりたい……心臓の鼓動も呼吸の乱れもスコープを覗くアディーにはすべて邪魔に感じられた。

 瞬目の回数も減ったので右眼が乾燥してくる。

 アディーの集中力は極限に達し、チトマスからの観測結果も耳に届かないほどだ。

 汗が額を伝わって落ちるが、わずかな精神の揺らぎも今のアディーには許されない。誤差を修正した時、緊張の糸が切れかかった。

 

 ……トリガーに指の力が伝わる。

 

 渾身の一撃がバレットM82の銃身から放たれた。熱い空気を切り裂き、やや弓なりな弾道を突き進む。

 ケプラーモクズガニは何か不穏な空気を感じ取り、動きを止めた。

 

 ……だが、もう手遅れだった。


 足元の地雷手前に銃弾が滑り込む。そのまま慣性で地雷本体を貫いた。

 瞬間、大爆発を引き起こし、真上に位置した化物の巨体を爆風がひっくり返した。大量の足やハサミが甲羅からもげて周囲に散らばる。分厚い甲殻も腹側は薄くできており、一発で絶命せしめた。


「やったわ、アディー!」

 

 二人で抱き合って喜んだ。


「焼きガニの完成やで」

 

 カクさんの言葉をかき消すかのように、次の緊張が走った。更にもう一体のケプラーモクズガニが急速に接近して来る。侵入してきた三体の生き残りだが、まだ体も比較的小型で若い個体だ。体が軽量な分、動きが非常にすばやい。

 アディーとチトマスの二人は急いでスタリオン高機動車の中に逃げ込んだ。カクさんは計算して四輪にそれぞれ最適なパワーをかけて車を動かそうとするが、相変わらず後輪が空転するだけで、ますます深みにはまっていく始末だ。


「四駆なのにダメね。外に出て後輪を何とかしないと……」

 

 ……もう遅かった。ケプラーモクズガニは、まるで死んだ仲間の復讐を宣言するみたいにスタリオン高機動車に取り付き、左右に揺さぶった。


「エサでもないのに……スタリオンは固くてまずいわよ」

 

 武器はもう小銃しか残されていなかった。至近距離から連射しても効果があるかどうか。そのうち装甲殻類カルキノスは、怪力で車を斜めに傾ける。


「わ、わ、わ!」


 カクさんが焦ってアクセルを全開にしたのがまずかった。スタリオン高機動車はバランスを崩し泥濘の大地に横転してしまう。

 

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