サピエンティア
僕が思い立ったように席を立つと、さりげなくシュレムも立ち上がった。そしてドアを開け、廊下に出ると彼女も付いてきた。
「オカダ君、どこへ行くの?」
「いや、カクさんの事が気になってな……」
「あ~、カクさんなら反省のため、玄関の外でパンの耳を食べているわ」
「反省? パンの耳?」
「いや、気にしなくてもいいのよ。それより……」
シュレムは自分の部屋に入ると何かを持って戻ってきた。
「オカダ君、これよ。長い間、預かっていた大切な物を今ここで返すわ」
赤いケースに入った予備のナノテク・コンタクトレンズを無造作に僕の手の上に乗せた。まるで借りていた千円を道端で返すような流れで拍子抜けだ。
「君が君であるための、重要な証明書とでも言えるのかな? ……確かに返却したからね。こんな大事なコンタクトを私に託すなんて、ちょっと重すぎるよ」
「ごめん、君はこれを通して色々と見てしまったんだね」
「私こそ、ごめんなさい。断りもなく勝手にはめてみたのは、私なんだから」
シュレムは申し訳なさそうな困った表情で僕を見る。上目遣いに、ちょっとドキッとした。
今日からコンタクト・ドライバーに復帰だ。B級奴隷の処遇ともオサラバ可能。さて、どうしてくれようか。
「……オカダ君、聞いて。この後に重要な発表があるので、リビングの皆の所に戻って」
「んん? 何だ改まって」
「いいから、いいから。勘のいい人なら分かるかもね」
ホームパーティーは、宴もたけなわ状態。マリオットちゃんとスケさんに絡んでいたアディーが、我々の姿を見定めると学生のように茶化した。
「おお? あなた達二人っきりでなあに。デートの約束かな?」
チキンサラダを頬張るチトマスが聞き捨てならない様子でこちらを見た。
「何だと!」
シュレムは軽く咳払いをしてからテーブルの前に佇んだ。
「え~。……いや、なに、大した事でもないの」
スケさんが頭上のネコミミを少し立てた。
「発表します。実は前から練っていた計画を実行に移して……つまりその、本日B級奴隷のオカダ君を我が家で購入いたしました」
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