アトロポス
狭いキッチンにいたカクさんの尻尾をマリオットちゃんが踏んだ。
「ぐわぁああ!」
「きゃあああ!」
はずみでマリオットちゃんが握っていた包丁が宙を舞い、カクさんの鼻先の床に突き刺さった。
「ちょっと、アンタは邪魔だからベランダのゴミでも掃除しておいてよ」
シュレムは、そう言いながらスケさんの方にシュリンプカクテルのグラスやバーニャ・カウダ用の野菜が盛られた皿を手渡した。
「猫の手も借りたいって言うけど、ジャガーの手の方がよっぽど役に立つわ」
ふふふん、とスケさんは鼻で笑う。比べられたカクさんは不満そうに悪態をつく。
スケさんがリビングに料理を運んできた。アディーやチトマスが『わぁ、美味しそう!』と歓声を上げる。ブリュッケちゃんは人数分のソーダ水を配ったり、フォークとナイフを並べたりして忙しそう。
カクさんは隙をうかがうと、シュレムの部屋にさりげなく忍び込み、ベッドの上に飛び乗った。そして仰向けになると背中の毛皮を擦り付けながらゴロゴロと転がり、枕の臭いをクンクンと嗅いだ。
「おおっ! これは」
寝る時に外したであろう黄色のブラジャーが、床に置かれた雑誌の間にしおりのように挟まっていた。急いで肩ひもをくわえて引っ張り出すと、考古学者のように詳しく観察した。
「う~む、レース素材とデザインが素晴らしい。Dカップのアンダー65なのか……もっとあるように見えるのにな」
カクさんの瞬きもしない真剣な眼差しは、正にその道を極めようとする求道者のそれだった。
「……ゴミを片付けろとは言ったけど、私の部屋で勝手に何をしてるのよ」
エプロン姿のシュレムがブリュッケちゃんと一緒に背後に立っていた。声が微妙に上擦っている。
「もちろん君の部屋のお掃除さ!」
「それはゴミじゃない!」
シュレムはまだ熱いフライパンの底でカクさんをどついた。
「カクさん、ボクのジュニアブラじゃダメなのかな?」
短い三つ編みのブリュッケちゃんは自虐めいた呟きを残したのだ。
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