クリームヒルト

 ひょっとしてゴールドマン教授反逆の報告書は、彼我の関係を悪化させる目的で、誰かが仕向けた巧妙な工作なのか? 心当たりの人物は、この場合女性になるのだが、いくらでもデュアン総督の胸中に名前が挙がってくる。

 ビワ湖湖岸に点在するコロニー都市群の内、経済的に余裕のある都市はケプラー22b総督府からの独立を画策して不穏な動きを見せているという。セタ川付近では武力衝突も現在進行形で起こっている。今こそ一致団結して、地球からの干渉勢力を一掃しなければならない重要な時期だというのに。

 大義を知らぬ、志が狭き矮小な人間の何と多い事か……。

  

 長い金髪を洗い終わり体を清めた後、全身を丁寧に拭き、やっと彼女のリラックスできる時間が訪れた。黒いレース下着のまま豪華な鏡を前にしたデュアン総督は、輝く髪を梳りながら火照った体を冷やす。

 

 栄光の時は彼、ゴールドマン教授と共にあったのか……ついに教授と袂を分かつ時が到来したと言うべきなのか。積み上げてきた輝かしい歴史を、オカダ査察官に滅茶苦茶にされる危機感を覚える。

 地球人どもを封じ込めなくてはならないのか……それがオーミモリヤマ市の開拓移民、ひいてはケプラー22bに根付いた人類に平和的安定をもたらすのであれば、最高権力者として非情な判断を下す瞬間が明日にでもやってくるのかもしれない。


「私だ、デュアンだ。オーミクサツ、オーミオオツ方面の最前線からザイデルD-15部隊を呼び戻せ」


 総督は直通電話で司令部に命令を下した。


「それとビエリ奴隷訓練所の地下牢獄からS級のブエルムを解放しろ。……ああ、何人犠牲になってもかまわない」

 

 デュアン総督は孤独を恐れない。

 彼女はどんな重圧にもビクともしない芯の強さを手に入れた。

 ケプラー22b開拓移民の命を預かり繁栄させる……それが彼女の天命。

 滅私奉公……自分はケプラー22bに生きる人類の幸福を優先し、己の事には目をつぶって蔑ろにしてきたのだ。

 美しき植民惑星代表、人類の希望の女神、デュアン総督。

 

 彼女は天使の羽根のように軽く淡いネグリジェを着用すると、仮眠をとるために広大なベッドに潜り込み、純白の天幕を閉めさせた。


  

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