アンティゴネ

 我々はスーパー銭湯のセキュリティシステムに侵入し、監視カメラの映像と警報装置を操作した。幼稚なシステムで、沈黙させるのは赤子の手を捻るより簡単な仕事だ。

 スタリオン高機動車をスーパー銭湯に横付けすると、カクさんはルーフからサウナ室の屋根へ飛び移り、まんまと露天風呂への侵入を成功させた。

 カクさんが見た映像は、コンタクト・ドライブシステムにより僕の視界と共有され、逐一ライブ映像で脳に届けられる。そして、それらの生中継映像をデータ化しスタリオンのコンピュータ上のファイルに、どんどん記録していく寸法だ。


『こちらキロ、目標への侵入成功。そちらの具合はどうですか?』


「作戦は問題なく推移し、順調に記録中。幸運を祈る」


 犯罪の片棒を担いでいるような気もするが、気分が乗ってきた。

 カクさんからのライブ映像は生々しく超リアルで、自分が見聞きして体験しているのとほぼ同じだ。ただし自分の好きな方向、見たい所を見てくれない事に今更ながら気付いた。


『まだ陽があるので、露天風呂は怖いくらいによく見える。湯気が若干邪魔するが、他はくっきり』


「誰か人はいないのか……」


『イベリコ豚の豚足のようなオバ様と、イカの一夜干しみたいなオババ様がいるだけだが、なるべくそっちの方は見ないようにしている』


「了解。それが賢明だ」


 おかしい……看護師は? 婦警は? その他は何をしているのだ。


『かなりの時間、待っているが誰も出てこない。曇っていて分からないが、浴室で自分の髪か体を洗っている最中と思われる』


「そこから移動できないのか?」


『そいつは危険だ。脱出可能なギリギリの線を攻めている』


 我々は待った。待つしかなかった。

 心臓が早鐘を打って収まらない。

 胸に手を当てると、ドキドキしているのが手の平の触感でも知覚される。

 今までにかいた事もないような汗が、滲んだかと思えば引いたりして、自律神経がダンスを踊っているかのよう。興奮と緊張で目が回りそうになってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る