ヘルミオネ

「んんん? 何だテメェはよ?」


 しわがれた声のヒコヤンが、そう言い終わるか否か、彼がかろうじて認識できる瞬間だったと思う。

 カクさんは相手をチラリと一瞥した後、何も答えずピンと尻尾を上げ、同時に腰を落としたかと思うと、ヒコヤンのサンダルの上に巨大な糞をひり出した!


「…………!!」


 瞬く間に、ヒコヤンの足が茶色く腐ったように錯覚された。

 カクさんのすごい所は、通常の者であれば数分はかかるであろう体積の糞を、わずか0.8秒ほどの閃光のごときスピードで、この世に禍々しく爆誕させた事だ。


 ……スーパー・スローで、もう一度見てみよう。

 ヒコヤンに一瞥し……尾を上げて……尻を落とし……サンダル上にバランスよく糞を乗せる。この地獄の羅刹に呪われたかのような、電光石火の動きは一体何だろう……何かに酷似している。そうだ、数十年に渡る血の滲むような修行の末に大成した、居合抜きの達人が自身の刀を鞘から抜き放ち、渾身の一閃で敵を切り裂き真っ二つにした後、元の鞘に収める一連の動作……そう、神業に近い。


「うっ! 何しやがる! 何だこれは! 足の甲が、もの凄く熱い! く、臭えぇ! おぇえええええ!」


 しかも、そいつは唯の糞ではなかった。アニマロイドが体内で生成し得る、最強に悪臭を放つ危険極まりない凝縮物質を、計算し尽くされたレシピで錬金術のように醸成させた、現世で最も凶悪なる排泄物だったのだ。

 彼は人智を超える何かを、まるで新しい生命いのちを育むかのように深遠なる肛門から誕生させたのである。


「畜生! 昼飯にスパイシーなカレーを食おうと楽しみにしていたのに……」


 そう言い残すと、ヒコヤンは全身のあらゆる筋肉の力を失い、その巨体をアスファルトの上に沈めた後、二度と立ち上がる事はなかった。そばには赤いヘルメットが空しく転がり、主人の敗北を告げたのだった。

 

 古今東西、数千年の長きに渡り人類の歴史と共に語り継がれてきた英雄譚、あるいは、あまたの勇者が持つ武勇伝、そして近世におけるそれらの小説全てを含めて考えてみよう。

 無数とも思えるヒーロー物語の世界において、彼のようなテクニックを駆使して強大な敵を打ち倒したエピソードが、未だかつてあっただろうか……もはや敬服に値する。

 カクさん、やはり君はすごいよ。ただ者ではなかったのだね! 

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