第20話 ナインテイカー

 決着を告げるブザーの音が、模擬戦場に鳴り響く。

 勝者と敗者。その判定は、誰が見ても明らかだった。


「…………」


 倒れ伏したリエラは、ピクリとも動かない。荘厳の時のように朦朧としているのではなく、純粋な気絶。声は届かず、立ち上がることも無い。

 ぼろぼろの彼女へと、観客席を飛び出して、皆が駆け寄った。


「リっちゃん!「リエラさん!」「リエラ、さん」


 藤吾、綾香、ニーラの三人だ。テイカーらしく強化した身体能力で開いた距離を一跳びに詰めると、急ぎ彼女の容態を確かめる。


「怪我はそれなりにありますが、幸い気絶しているだけです」

「そっか~。良かったー」


 流石に模擬戦だけあって、そこら辺の配慮はしてあったらしい。安堵の息を吐く二人を尻目に、ニーラだけは、彼女の無事を聞いた瞬間から別の場所へと意識を飛ばしていた。


「…………」

「ん? どうしたんだ、ニーラちゃん」


 藤吾の問いかけにも反応を示すことなく、彼女はただじっと一点を見ている。その視線の先に居たのは、先ほどまでリエラと戦っていた、あの男。

 決闘を終え立ち尽くす古賀荘厳を、ニーラは注視し続けていた。

 その姿に初め、親しかったリエラを打ち倒されて彼を敵視しているのかと思った藤吾達だが、どうにも彼女の瞳には敵意が籠もっていない。ただ何かが気になって見続けている、という様子である。

 藤吾達三人の注目を受け、しかしその全てを無視した荘厳は、じっと一点を見詰めていた。そう、忘れてはならない。彼にとってリエラとの決闘は、あくまでも前座でしかないのだ。


「――レスト」


 ぽつりと、彼が口を開く。風の音に消え入りそうな小さな呟きはしかし、しっかりと目標の人物へと到達した。


「何か用かな?」

「……俺と、戦え」


 簡潔な言葉、ただそれだけで十分だった。後は彼自身が纏う気迫が、醸し出される雰囲気が、全てを伝えてくれている。

 その思いに、心に、歓喜し。そっと席から立ち上がりながら、レストはあえて問い掛けた。


「良いのかい? 今の君は少なからず消耗しているだろう。そんな状態で、私と戦って」

「構わない。きっと、多分。今でなければ、駄目なんだ」


 その答えに、レストの唇が僅かにつり上がる。


「魔導真機の使い手として目覚めた今の君ならば、分かっているはずだ。私と君の間にある、絶対的な『差』というものが」

「……ああ」

「それでも尚、挑むのかい?」


 挑発的に微笑むレストに、荘厳は、


「勝てる、勝てないではないんだ。今此処で意地を張らなければ、せっかく目覚めた俺がまた眠ってしまう。例えどんなにボロボロでも、後回しにするなど……俺自身の心が、耐えられない」


 瞬き燃える炎を瞳の奥底に秘め宿し、覚悟の槍を突き刺した。

 今度ははっきりと笑い、レストの身体がふわりと宙に浮かぶ。高ぶる心に、ほんの僅か押さえ切れなくなった魔力が溢れ出し、時空が歪み次元に皹が入っていく。

 レストにとっては砂漠に落ちる砂粒の一つにも劣るその魔力。それでさえ、先程のリエラと荘厳、その最後の衝突の魔力量を容易く凌駕する。

 だがその力を感じて尚、荘厳の瞳に揺るぎは無い。ステージ上へと飛来する己が宿敵を、ひたすら真っ直ぐに見詰めるのみ。


「藤吾、綾香」

「お、おうっ」「は、はいっ」


 力に当てられ動きを止めていた二人は、びくりと身体を震わせ、慌てて返事した。彼等に、そして倒れたままのリエラに視線を流し、レストは言う。


「リエラを病院に連れて行ってくれ。焦る必要は無いが、念の為に、ね」

「分かった。ニーラちゃんはどうするんだ?」

「ふむ。……君は、どうしたい?」

「私、は……」


 ちらり、と横目でリエラの様子を窺うニーラ。戸惑い決め切れない従者の姿に小さく苦笑し、レストは彼女の選択を促した。


「気になるのなら、素直に彼女に付き添えば良い。私の方は、心配いらないよ」

「……分かりました」


 コクリと頷いて、ニーラは謝罪とも感謝とも取れる礼をする。

 律儀な従者にまた一つ笑みを浮かべ、レストは視線で行動を促した。

 補助系の魔法が得意な綾香がリエラに飛行魔法を掛け、宙に浮かせる。レストに一度視線を向けながらも、三人は病院目指して、模擬戦場を出て行った。


「さて、と」


 遠ざかっていく彼等の背中を見送って、改めて荘厳へと向き直る。

 上空から見下ろす此方にも文句一つ言わず、挑戦者はぎゅっと相棒を握る手に力を籠めた。


「待たせてしまったね」

「いや。丁度良い、休憩だ」


 荘厳の身体から魔力が吹き出る。レストの漏らすものに比べれば、あまりに卑小な魔力量。しかしそれは確かに負けることなく、レストの魔力を圧し返す。

 二人の視線が交差した。レストから放たれる、異様な気の籠もった鋭い眼光。だが、今度は呑まれ無い。むしろより強い輝きを瞳に映し、レストの気を跳ね除ける。

 以前とは違う、成長した彼の姿を改めて認識し、レストは魔力を押さえ込むことを止めた。地が揺れ、空が揺れ、星が揺れる。

 それは正に、絶対強者の魔力波動。


「君の存在に敬意を表し、改めて名乗ろう」


 まるで世界を包み込むように、その両腕を大きく広げる。レストの周囲の空間が一瞬ぶれて、気付いた時には彼は、黒く長いコートともマントとも取れる上着を身に着けていた。

 昔ながらの魔法使いか、或いは悪役かというようなその姿が、当たり前のようにしっくり来る。


「私の名は、レスト。レスト・リヴェルスタ。学内ランキング第七位――通称は、『魔導戦将』」


 色の無い魔力が、場を支配する。世界は彼に掌握され、概念ですら逆らえない。因果を砕き、常識を覆し――今、極限の力が顕現する。


「……古賀、荘厳。学内ランキングは、八千十六位。通称なんてものは無い。強いて言うなら……ただの、『魔導真機使い』だ」


 世界が重なり、姿を変える。黒の世界に侵食されていく哀れな空間の中心で、レストは妖しく微笑み、戦いの始まりを宣言した。


「さあ――場所を、変えようか」

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