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―――――――…



「――1週間?!」


 思わず声をあげたあたしに、目の前のイリヤがこくりと頷く。

 出航前にあたしが突然もとの世界に戻ってしまい、その間シェルスフィアでは1週間もの時間が経過してしまっていたのだという。

 改めて痛感する。もとの世界に戻った時に記憶が混濁するというのはひどいロスだ。この不可解な時差も。


「あの後大変だったんだよ、クオンがなんとかレイズをなだめて出港したものの、船の中の空気は最悪だったし」

「そ、そっか…ごめんね、迷惑かけて…」

「マオ、前に襲われたことがあるんだって? 船のみんなはマオの姿を確認するまでは出航しないって言っててさ、もともとマオの希望で船を出すようなものだし、レイズとクオンはケンカを始めちゃうし」

「…え?!」


 すっかり元の衣装に身を包んだイリヤが、ベッドの上で半ば呆れたようにそう説明する。あたしの悲鳴を聞いてすぐに跳んできたクオンは、壁際で目を伏せたまま無反応だ。

 現在はほぼ真夜中で、船は停泊しているらしい。

 浴室が船の端にあるせいもあって、あたしの存在に気付いた船員は殆ど居なかった。航海中は皆気を張り詰めているし、見張り以外は眠れる時に眠っている。

 クオンはシアからあたしがこの世界に戻ってきたことを聞き、すぐに来てくれた。


 今ここはあたしとイリヤの部屋。

 濡れた制服はクオンが魔法で乾かしてくれたけれど、夜の海は肌寒く、あたしは毛布にくるまってこれまでの状況をふたりから聞いたところだった。


「け、ケンカって…まさかクオン、魔法使ったの…?!」


 レイズは魔法を使えない。一方クオンは有能な魔導師だ。そんなふたりがケンカなんてしたら、勝敗は明らかだった。


 おそるおそるクオンに視線を向けるも、クオンはやはり無反応。代わりにイリヤがおかしそうに答える。


「やー、そこは男らしくというかなんていうか、剣で」

「そ、それでもクオンは王国騎士なんだよ?! レイズの方が不利に決まってるじゃない!」


 王国騎士はこの国で最高の称号だと言っていた。クオンの剣の腕がこの国でも随一だということくらい、あたしでも想像できる。


「それが、意外にもレイズの腕もすごかったんだって。しかも太刀筋から、レイズはもしかしたら元貴族だったんじゃないかってクオンが…」

「済んだ話はもういいでしょう。ともかく無事に戻ってきたことには安堵しています。目的地まであと僅かですし」


 そこでようやくクオンが不機嫌そうに口を開いた。それからあたしに視線を向ける。あたしもそれを受けて向き直った。


「船は既に北の海域にはいっています。深層の祠までは後2日もあれば到着するでしょう」

「そんな近くまで来てたんだ…」


 ともかく自分の役割をまっとうする為には、祠に到着するまでに戻ってきたかった。

 この先目的地に近づくにつれて危険度は増すだろう。現状までにアズールからの襲撃や他国船も殆ど見かけず、戦闘行為に及ぶような状況は無かったと聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。

 少なくともここまでは、みんな無事なのだ。


「ボクは自分自身がちょっと特殊だし、マオの中に居る神さまだとか異界のことだとかは認識があるから、マオのことクオンに説明聞いてある程度納得はできたけど、レイズ達にも事情話しておいたら? また勝手に戻っちゃたりする可能性が無いわけじゃないんでしょ?」

「…レイズには、なんて言ったの?」

「魔力の制御不足により一時的に別の場所に居るとだけです。今彼に中途半端に情報を与えてもややこしくなるだけですから」

「……そっか…」


 それでレイズが納得するとは思えない。仲間がひとり姿を消したのだから。

 益々申し訳なくなる。みんなに対して。


 イリヤの言うことはもっともだろう。それにクオンの説明もあながち外れていない。

 異世界の行き来がトリティアの力を制御できない力不足からくるものなら、それは状況を選ばずまた起こりうることだ。

 だけど現在の国内状況から、シアとあたし達が繋がっていることを知られたくない。あたしが異世界の人間だと知られたら、その意図を問われるはずだ。

 ――あたしがこの世界に居る理由。

 シアの為だ。

 だけどそんなこと容易く言えなかった。

 戦争が迫るこの国の国民にとって、あたしという存在の意義が今のあたしには分からなかった。


「…とにかく状況は分かった。レイズにはあたしからも謝りに行くとして…クオン、シアは?」

「…今あちらも少し立て込んでいるようです。通信は途絶えたままですので、今は話せません」

「……そっか」


 その返答に思わず目線が下がる。できればシアと少し話したかった。シアにもきっと、心配かけた。


「…この先も、なかなか交信はとりにくいかもしれません」


 付け加えるように言ったクオンの言葉に顔を上げる。その瞳にはあからさまにがっかりした自分の顔が映る。


「そうなの? やっぱりこのあたりだと、魔力妨害があるとか?」

「いいえ、私が予想していたよりこの海は比較的安定しています。かえって不気味なくらいです。他国船もそうですが、海の神々の気配すら殆ど感じられません。まるで招かれているように。交信をとりにくいのはまったく別の理由です。私も先ほど知ったのですが…」


 言ったクオンがちらりとイリヤの方を見やり、少しだけ声音を落とす。

 イリヤにどのくらいの説明をしたのかは分からないけれど、席を外させないことからもうある程度の事情は承知しているのかもしれない。ある種クオン自身もこの船で味方を増やしたいのだろう。


「現在、アズールフェルの第一王女が王城に来ています。しかも、内密に。今城はあらゆる意味で騒然としています。目的は分かりませんが、暫くジェイド様はそちらにかかりきりになるでしょう」


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