第1章 異世界より:リトルクライ

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「ひとり暮らし、したいんだって?」


 高校の入学式を約2週間後に控えた日曜日、お父さんが極めて何でもないことのように、口にした。

 何年かぶりにふたりで出かけた帰り道。もうすぐ始まる新生活の買出しをしていて、疲れたけれど久々に楽しい1日だった。

 それで終わるはずだった。


 あたしは最初、何を訊かれたのかよくわからなかった。

 “したいんだって”? 

 つまりは誰かがそう言ってたってこと? 

 ちなみにあたしは言ってない。だってそんなつもりは無かったから。


真魚まおが、そうしたいっていうなら…父さん、止めないけど…」


 隣りを歩くお父さんの顔は、見えない。お互い見ようとしてないから当然だけど。

 お父さんは、いつもそう。結論を人に委ねる。肝心なことは、いつも。平気なフリして見え透いた嘘をついて、なんてズルい大人だろう。

 そしてあたしも、そんなお父さんの娘だから。いつも同じことを繰り返してる。笑ってホントウのこと誤魔化して、目を背けてる。これから先の自分を守る為に。


「そう、なの…あれ、あたし、お父さんに話してたっけ? なんだ、説得するイイワケ、たくさん考えてたのに」


 できるだけ平静を装って、明るい声で応える。大丈夫いつも通り、ちゃんと笑えているはず。


「電車でもいいんだけどさ、ほら、あたし乗り物苦手でしょ? それにちょっと、憧れてたんだ」


 それに、それに…


「お父さん今時門限とか、厳しいんだもん。あたしだって友達と放課後満喫したいよ、もう高校生なんだし、いいでしょ?」


 あたしが邪魔なんでしょう? 再婚とはいえ、新婚だもんね。

 一緒に暮らし始めて3ヶ月。子連れ同士の再婚。

 新しいお母さんも、急にできた弟と妹も、嫌いじゃないよ。

 それは本当。ただ。

 好きにはなれない。それはきっとお互い様なんだろう。


「バイトして携帯代とおこずかいぐらいは、自分で出すよ、勉強もちゃんとする。だから…」


 ああ、面倒くさいな。バイトなんて頭に無かったんだけどなぁ。でもまぁ、いっか。それも。


「いや、真魚は高校も奨学制度使って入ったんだから、勉強に支障があるのはまずいと思うな、父さん。今までいろいろとガマンさせてたんだ、それくらい父さんに任せなさい。真魚のはじめての、ワガママだもんな…」


 お父さん、本当にそう思ってる? あたしが、家を出たいって。ひとりで暮らしたいって。

 だってきっとそれを父さんに言ったのは、あの子達でしょう?


「お母さんやみなと海里かいりも寂しがるかもしれないけど、こっちは心配せずに、高校生活楽しみなさい」



 お母さんが亡くなってから10年間。お父さんとふたりで暮らしてきた中、ガマンしてたことなんかいっこもない。

 大好きなお父さんの笑顔がもう大好きとは思えなくなって、お父さんがあたしだけのお父さんじゃなくなったことを改めて思い知る。


 そうしてあたしは家を出て、何もかもが真新しい高校生活がスタートした。



 期待に胸はふるえない。

 期待することなんか、何ひとつ無い。


 ひとりになって初めての夏がくる。



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