第61話 繋がり

 あいにくの天気と死体遺棄事件があったこととあいまって平日の水族館は、ガラガラだった。例年の今頃であれば、家族連れでにぎわうところだが、まだ事件から一週間も経っておらず、公園内には立ち入り禁止の区域もあり、生々しさが残っている。

 笠井町海浜公園の敷地内にある笠井町水族館はドーナッツ型の大型水槽を回遊するマグロ類をはじめ、45の水槽に約600種の生物が飼育されている。日本国内で2番目に大きい観覧車と並んで都内でも人気のスポットであり、東日本での入場者数はトップクラスである。

 尾上弥太郎は、水族館に併設されているラウンジでコーヒーを飲み、スマートフォンをいじりながらやや時間をつぶした。後藤も離れた席から下駄の男を監視する。その間、鳴門刑事から一度電話連絡を受ける。今のところ公園周辺に怪しい人物は見当たらないということだったが、たった二人でこの広い公園の中で不審な人物を見つけ出すことなど不可能である。だが後藤はそれでいいと考えていた。後藤は護衛も捜索もあからさまにすることで、こちらの存在を相手に気付かせることによるリアクションに期待をしていた。

 はたしてこの件に関係があるかどうかわからないが、先ほど声を掛けてきた少女もこの件に何かしら因果があるのではないだろうか。だからこそ、むこうから声を掛けてきた。いったい誰と待ち合わせと言うのか。いや、待ち合わせではなく待ち伏せという可能性もある。

 後藤はこれまでに起きた不可解な事件、不思議な力を持った傘によって笠井町のゴロツキの排除を企てた真壁直行、三人の組員を失った加賀組、そして同系列の白鷺組組長の自殺とナンバー2の武井の組長就任。さらに元加賀組の権藤の変死。その権藤は坂口浩子の死に関わっていた可能性が高く、その妹である由紀子の遺体がこの公園で見つかった。

 一見、街の裏の世界の争い事が露呈しているだけに見えるが、最初のきっかけ、呪詛のかかった傘による標的は『他人の傘を盗んでも気にしないような相手』ではあるが、無差別殺人とさして変わらない事件がきっかけである。もちろんそんなことで実行犯を逮捕することなど不可能である。自分自身、そのようなことが可能であるかどうかについて、まるっきり信じているわけではない。しかし、人が3人死んでいるのである。傘に呪詛をかけた男は今、後藤の目の前で優雅にコーヒーを飲んでいる。


「まったく、いい気なものだ」

 後藤は手帳を広げ、これまでの事件を整理する。その中心の人物はやはり下駄の男、尾上弥太郎ということになるが、彼自身は加害者ではない。偶然知り合った真壁という男に、たとえば凶器となりうる傘を渡したのが下駄の男であったからといって、その時点で真壁に明確な殺意が確認できなかったとなれば殺人教唆ということにはならない。しかもこの場合、傘で誰かをめったざしにしたのだとしても、傘はどこにでも手に入るわけで、下駄の男を罪に問うことはできない。もちろん傘の先端を凶器として使えるように鋭利な形に改造していたというのであれば別だが、今回のケースでは呪詛というまるで警察の領分ではない改造なのである。

 後藤は『傘』の文字のすぐ横に『加藤、三河、山本』の死亡した加賀組の名前を記載し、その下に『蝉』という文字と権藤と書き足し、権藤の横に『坂口姉』、蝉の下に『坂口妹』と書き足した。さらに『傘』の文字から線を引っ張り、『下駄の男』と書き足し、『蝉』と『坂口妹』を丸で囲ってそこから線をひっぱり、『カリノシメイ』と書き足した。更に死亡した『加藤、三河、山本』と『権藤』を四角く囲み、線を引っ張り『加賀組』と書き足し、その横に『白鷺組』、その下に『組長自殺』、そこから矢印を横に引いて『武井』と書き足す。


「まだ、表舞台に立っていないキャストがいるのか、そして誰が脚本を書いているのか、俺にはさっぱりわからん」

 下駄の男と同じような力をもっている可能性のある男――『カリノシメイ』は、はたして単独でこの件にかわわっているのかどうか。もしかしたら加賀組、白鷺組のどちらかと関係があるのかもしれない。権藤が蝉の大群に襲われ、アパートの階段から転落ししたというのは、姉、浩子を権藤に殺害された妹由紀子による呪詛だが、もちろん彼女にそんなことはできない。彼女は自分を呪詛の憑代(よりしろ)として身を捧げたのであって、呪詛の実行犯は『カリノシメイ』という人物である。その男はおそらく権藤に恨みを持つ人間を利用しただけであり、その権藤とカリノシメイとの接点があるとは考えづらい。


「もしも権藤を消す刺客として、カリノシメイが雇われたというのなら、その雇い主は権藤と利害関係がある個人やもしくは団体である可能性が高い。加賀組か白鷺組か、或いはその両方か。いや、その上という可能性もありうるわけか」

 後藤は最初の事件、呪詛の傘によって加賀組の三人が交通事故で死亡した事件を捜査する際に、署長から圧力がかかっていたことを思い出していた。おそらく署長は本庁からそのように釘を刺されたに違いない。本庁が所轄の捜査に口を出すことはいつものことだ。つまりこれは、非日常でありながらいつものことなのである。日常的に存在する力関係において、非日常な手段がたまたま今回は使われている。


「本当にたまたまなのか?」

 後藤は少し寒いものを感じていた。もしもこれが、この非日常な手口の殺人がたまたまではなく、実際には日常的に使われてきた暗殺手段であったのだとしたら……、後藤にはいくつかの不可解な死亡記事が頭をよぎった。政治家秘書の自殺、誘拐殺人犯の事故死、弁護士の失踪後の変死など、思い出したらきりがなかった。


「あの少女も或いは……」

 後藤刑事は最後の『少女は?』と書き足し、手帳を閉じた。





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