第38話 闇からの追跡
少女はまるでフランス人形のような透き通った白い肌をしていたが、髪の毛は少し重たく感じるくらいに黒々としていた。目はパッチリとしているが、瞳はどことなく日本人のそれとは違うような、色素の薄い色をしていた。ぼんやりとロウソクの火が少女の姿を映し出している。部屋の中である。それがいったいどこなのかは誰もわからない。誰もにも知られない場所。誰にも気づかれない場所に少女は立っていた。
「はたしてどこまで追えるかわからないけれど、やるしかないわね」
少女の右手にはレジ袋がぶら下がっていた。どこにでもある――スーパーやコンビニでつかっているそれである。袋はいくつか重ねられ、中には土が入っている。それほどまでに厳重にしまっていた理由は一つ。土からくる異臭を外に漏らさないためである。少女が袋から土を取り出し、机の上にばらまいた時、強烈な臭いが広がった――死臭である。
「もうほとんど枯れかけているわね。早くしないと……」
少女が手にしているレジ袋の土は、先ほどまでマネキン人形の中に入っていたものだった。それはマネキン人形の中で血となり、肉となり、マネキン人形を動かしていたものである。人の魂――怨念のようなものが込められた土を、からくり人形の中に入れることによって人のように動かす外法。少女はその魂を闇の呪縛から解き放つために、そのマネキン人形を破壊したのである。そしてそのよな外法を施した人物を探り当てるために、少女は土を持ち帰ったのである。
ほら、新しい顔だよ 新しい顔だよ
夜の町を後ろ向きにそう叫びながら走り回る女。マネキン人形が、動く人形となり、さらに鬼と化していく。そのよな不思議なことが、人知れず起きていたのである。
「あなたとの約束を果たしてあげたいけど、あまり自信はないわね。名無しの誰かさん」
少女は小さな声で何かを呟い始めた。それは異国の言葉のようであるが、どこの国の言葉なのかすぐにわからないような耳慣れない響きの言葉である。少女は机の上の異臭を放つ土に向かって両手をかざす。細い指先、白い肌。しばらくすると土の表面に変化が現れる。うっすらと湯気のような煙が立ち上る。その煙が何かの形をかたどり始める。どうやら文字のようだ。
「符術……字で魂を縛る者ね。で、その者の居場所はどこかしらね」
さらに激しく煙が立ち上がる。異臭はさらに強まる。土は水気を失いサラサラの砂に変化していく。煙が渦を巻くようにぐるぐると巻きあがり、一瞬何かの文字が浮かび上がる。
「誰だ! 覗き見する奴は!」
ひどく青白い顔をした男は死体が蘇ったかのように突然目を開き、叫び声をあげた。
「結界を破られたか」
男は椅子から立ち上がり、窓のそばに行きカーテンを開けた。窓には黒く焼け焦げた紙が貼ってある。焦げ臭い。今さっき焼け焦げたようだ。
「この場所を感づかれたか。まさか下駄の男の仕業か。いや。そんなはずはない。奴はまだ、私の存在に気づいていないはず……誰だ」
男は机に戻り、引き出しから紙と筆を取り出し、何かを書き始めた。ぱっと見た目にはよく読めないような字である。漢字のようであるが、日本語のそれとは少し違って見えた。
「見られているか……無粋な」
そういって窓に今書いた紙を張り付ける。
「この狩野紫明の結界をこうもやすやすと破るとは、いったい何者の仕業なんだ」
ひどく青白い顔をした男は、言葉とは裏腹に顔に笑みを浮かべていた。
「面白い。面白いぞ。クゥッ、クゥッ、クゥッ、クゥッ……」
「かりの……しめい……ひどいものね」
少女は大きくため息をついた。
「結界を張られてしまったわ。もう追跡は無理ね」
少女の目の前にあった土はすっかり乾き切り、砂のようになっていた。死臭も消えて行った。
「大雑把だけど方角はわかったわ。なかなか手ごわそうね。面倒だわ」
そういうと少女はロウソクの炎をふっと吹き消し、闇とともに姿を消した。その部屋は誰もわからない、誰も知らない場所。もう二度と少女――ミサが訪れることはないだろう。机の上に散乱した乾いた土は、どこからともなく吹き込んだ風に飛ばされて床に散らばり、もはやそのあたりの土や誇りと区別がつかなくなってしまった。この部屋の時は完全に止まった。
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