第13話 エプロンのフリルとかけっぱなしのヤカン

 「みなさんは、料理、どのくらいできるんですか?」

 厨房が案外と広く、複数人が同時に調理することもできそうな上、おあつらえ向きに人数分のエプロンが用意されていることを確認したメンバーはさっそく着替えると、各々が一品ずつ人数分の料理を作るということで方針を固めた。

「私は簡単なものしかできないわね。寮では街で出来合いのものを買ってくることが多かったし」

「いるわよねー。そんなこと言っていざ作ってみると一人だけレベルの違ったりするやつ」

 開始早々リンゴの皮をむこうとして負傷退場したイガルガが隅っこから野次を飛ばすと、オズベルは一度手を止めてイガルガの方を見やる。

「……確かにレベルが違うかもね。一 人 だ け」

「ムキーーーッ」

 小馬鹿にするような言い方で挑発され、イガルガは椅子に座ったまま地団駄を踏んだ。

「安心してください、イガルガさん。イガルガさんの遺志はわたしが受け継ぎますから!」

 フンスと鼻を鳴らしながらアリは野菜を分断しているオズベルの横、慣れた手つきでリンゴの皮をむいていく。

「でもあれですね。料理を作ろうって言いだしただけあってフルーナさんは格が違いますね。なんたって肉料理ですもん。肉! やったね! 肉だ!」

「家で父の雇った元宮廷料理人の家庭教師に仕込まれましたので。とはいえ、私があまり要領の良い方ではなかったので、未熟な部分が残ってしまいましたが」

「宮廷料理人! あっしらじゃ鼻から勝負にゃならねえってか!? くぅーッ」

「……アンタって時々わけわかんないテンションになるわよね」

「そもそもリンゴを選択した時点で相手が宮廷料理人でなくとも負けでしょ」

「馬鹿にしちゃいけませんよオズベルさん。ほら見てください、こんなに、ほぉら!」

 包丁を置いたアリは丸々一つ分を一繋ぎでむききったリンゴの皮を背伸びしてぴろーんと垂らして見せつける。

「曲芸じゃないんだから……」

「いいえ。ある人は言いました。料理は芸術だ。またある人は言いました。芸術は爆発だ。つまりはこういうことです。――料理は爆発だ!」

 ちょうどアリが言い終えたタイミングでフルーナの注いだ料理酒で炎が上がった。オズベルとイガルガが感嘆のため息を漏らし同時にアリは「わっひゃあ」と驚きのあまり飛び上がって、その衝撃でリンゴの皮が中ほどでぷっつんと切れた。

「ぐわぁあ、太く短く!

 苦しそうに叫んだかと思うとわたしはそのまま倒れ込んで絶命した」

「ほんと意味わかんないわ」

「アリ……、床に転がった身体で料理しないでね」

 騒ぐアリたちを他所に、手間の多い料理を選択したフルーナとネルマは黙々と調理を進行していった。

 それから一時間ほどで料理は完成した。下ごしらえの段階から始めたにもかかわらず短時間の内に納めることができたのは、各自一品のみの調理であったことと、そうそうに仕上げたオズベルがもともと手際の良かったフルーナとネルマを手伝ったからである。

 出番の少なかったアリとイガルガはその分配膳を手伝った。

 具だくさんオムレツと香り立つサーロインステーキ、生野菜のサラダとデザートのリンゴ。それぞれが自分の思った料理を作ったため、あまりバランスが取れているとは言い難いがどれもなかなか見栄えが良かった。

「……あれ。アリ、アンタナイフ多く持ってきすぎじゃないの?」

 ふとアリがテーブルに置くナイフの本数が想定する人数を超えていることに気付いたイガルガが指摘すると、アリはきょとんとした表情をしてナイフを数えていく。

「一、十、百、千、万…………7本ぴったりだと思うんですけど」

「あほか。アタシ、アンタ、フルーナ、オズベル、ネルマで5人でしょが。なんで7なのよ」

 軽くボケた点については、軽くスルーされた。

「え? リクさんとトルさんも呼ぶんじゃないんですか?」

「は、はぁ!? 女の方はともかく、あんで陰険ドブ眼鏡まで呼ぶのよ!」

「おや、そうなのですか? 私はてっきりお二方もお呼びするのかと思い、七つ作ってしまいましたが……」

「ご、ごめんなさい……私も、作っちゃいました……」

 厨房から顔をのぞかせたフルーナとネルマもそう言うとイガルガはぐっと喉を唸らせる。

「どうかしたの?」

 そのとき、丁度お手洗いから帰ってきたオズベルが尋ねるとアリが事情を説明する。するとオズベルは思案気に口元に手を当てすぐに顔を上げた。

「私は別にどちらでも構わないと思うけれど、作った料理を無駄にするのは良くないわ」

「で、でも何の苦労もしないでご飯にありつかせるなんてズルいでしょうがッ」

「それを言うなら配膳ぐらいしかしてないあなたはサラダだけでいいわね」

 オズベルの無慈悲な台詞にイガルガは言葉を詰まらせる。やがて、

「……だーっ、わぁったわよ。好きにすればいいでしょ! でもおんなじテーブルにはつかせないわよ! せっかくのご飯をむかつく顔を見ながら食べるなんてごめんだかんね」

 と言いながら手をひらっと振ってそっぽを向いた。

「ええ。そこが妥協点でしょうね。それじゃあ、彼らの料理は個室に持っていくわね」

 そしてオズベルは並べられた料理を手に取って、己の手だけでは料理を運びきれないことに気付いた様子で振り返る。

「アリ、悪いんだけど手伝ってくれないかしら。私は二階のトル書記員の部屋に持っていくから、あなたはワゴンを使ってもいいからリク高等執筆員の部屋に」

「あ、はい。了解です」

 アリはオズベルのように全ての食器を同時に運べそうになかったため、アドバイス通りワゴンに料理を移し、オズベルに遅れて食堂を後にした。

 閑散とした廊下を、ワゴンを押し進めながらアリは一人笑みを浮かべていた。

 ふふっ。リクさんはこの料理を見てどんな反応をするかな。喜ぶかな? いや、ちょっと素直に笑う姿は想像できない。仕方がないから受け取ってやる、とか言いそう。くはー、たまらん。ツンデレたまらん。

 今日一日行動を共にしてリクの思慮深さに触れ、更には直面した危機を傷一つ負わない、負わせない鮮やかな手並みで脱出した様に、アリはほのかな好感を抱いていた。少なくとも、本日の初めに抱えていたような疑心や緊張はこれっぽっちもなくなっていた。

 故に、彼が料理を受け取らないなどということはしないと半ば確信していて、同時に会話のシミュレートまでしていた。

「……ん?」

 リクの部屋まで廊下の中ほどまで来たアリは微かに耳に届く話し声に気付いた。歩を進めるたびにはっきり聞こえてくる声はどうやらリクの部屋から聞こえてくるようだった。

 誰と話してるんだろう。

 もちろん、トルだろう。来客があった気配もなかったし、他の人間が今この建物のどこにいるのかもはっきりしている。が、アリは一抹の不安が自分の胸をぞわぞわと撫でるのを感じた。

 ともかく、盗み聞きは良くない。とっととノックして料理を届けてしまおう。そう思った。

「でも、アリちゃんも一生懸命だったわけだし……そんな風に言うのは良くないよ」

 しかし聞こえてきたトルの言葉に、アリはノックしようと挙げた手を固まらせた。

 苛立った、いや、いつもと変わらない調子のリクの声が返答する。

「馬鹿を言うな。一生懸命だった、頑張ったなんてのは失敗の言い訳だ。結果の伴わない努力には欠片の価値すら無い。結果として奴は幾度となく調査の邪魔をして、戦闘では足手まといでしかなかった。それだけのことだ」

「…………!」

 ダメだ。この話は聞いてはいけない。けれどアリの身体は錆びついてしまったかのようにギシギシと軋むだけで動こうとしない。

「だいたいなんだ。戦力バランスを考慮して同じチームにしただけなのにやたらと絡んできて挙句武装を置いてきているだと? 馬鹿としか思えない。無能の典型だな、あいつは」

「り、リク。そんな言い方って……」

「なんだ、やつを庇うのか。グズでノロマな役立たず。その上、キンキンとうるさい声でまとわりついてくるようなやつを庇うだなんて、お前は相変わらずお人好しだな。尊敬の念すら禁じ得ない」

「リク……」

 トルのため息が聞こえる。

「うそ……うそだよ…………」

 どこかで本当はいい人なんじゃないかと思っていた。だけど、それは自分が勝手に思い込んでいただけだったんだ。真実を知ってしまったアリはうわ言のように呟いた。

「アリ、どう? リク高等執筆員も部屋にいない?」

 そのとき、不意に背後から声を掛けられた。

「オ、オズベルさん……」

「……どうしたの? すごい顔色よ」

 尋常ではない様子を察知したのかオズベルが表情を険しくして尋ねる。

「え? 何がですか?」

 瞬間、まったくいつも通りの顔に戻ったアリにオズベルは多少たじろいだようだった。

「だって今……あなた……」

「気のせいでしょう。廊下、薄暗いですからね。光の加減ってやつです」

「ん? 誰かいるのか」

 今度は扉の向こうから声を掛けられたアリは慌てて、しかしそれを表に出さずに状況を急いだ。

「あのオズベルさん。すみませんがわたしもトイレに行きたくなっちゃったんであとよろしくお願いします」

「え、ちょっと――」

 きっちり伝えることだけ伝えると返答を待たずにワゴンを置いて駆けていくアリを見送って、オズベルは扉が開くのを待った。

「よう」

「どうも」

 リクに会釈するオズベルを認めたトルが変わらない様子で声をかける。

「あれ? オズベルちゃんだ。どうしたの?」

「皆で料理を作ったのでよろしければと」

「わあ! ありがとう。とってもおいしそうだよ! ね、リク」

「ああ。……うまくいったのか」

「はい。おそらくは」

「こんなに立派な出来なのにおいしくないはずがないよ。……あれ? じゃあリクが私を突然部屋に呼んだのって、オズベルちゃんたちが料理を作ってくれてるって知ってたからなの?」

「そうだ。俺もついさっきオズベルから聞いてな。どうせイガルガの猛抗議で、食わせるけど食堂では食わせない、辺りが落としどころになるだろうから、せめてお前と二人でいただこうと思ってな」

「そ、そうなんだ。……えっへっへ。そうなんだ~」

 にやけるトルからオズベルに視線を戻しリクは話を再開させる。

「ごくろうだったな。下がっていいぞ。それと、夕食を取ったらまた話がある。誰にも悟られないように俺の部屋に来い。トル、お前も同席しろ」

「わかりました」

「うん。いいけど……何の話をするの?」

「重大な問題が発覚したんでな。それについての情報と対策について共有する。これは、特別調査隊全員の生死にかかわる問題だ」

 そう答えたリクの表情はどこまでも冷静だった。

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