第12話 夜空の足音
やがて拠点である共同住宅地にたどり着いた二人はリクの合図で物音を立てないよう気を付けながら建物の中に入っていった。
「…………」
玄関から続く廊下には人の気配は感じられず、代わりに食堂からトルたちの話し声が漏れていた。
どうやら自分たちを襲撃した者たちは他メンバーに危害を加えていなかったらしい。
アリがほっと胸を撫で下ろす横で、苛立たし気だがどこか安堵したような溜め息をついたリクは食堂の扉を開けた。
「あ、おかえり~」
「おかえりなさいませ」
入口近くにいたトルとフルーナが出迎えの言葉を向けるとリクは食堂の中をぐるりと見渡す。
「全員いるな」
「え? うん。いるけど……どうかしたの?」
「先ほど、A班が襲撃を受けた」
「ええっ!」
他人事のように述べるリクの言葉にトルが驚きの声を上げると、奥にいたオズベルたちも何事かと寄ってきた。
「ちょっと、だいじょぶなの? アリ!」
「け、怪我とかはなかったですか……?」
「あ、はい。リクさんが魔法で敵を寄せ付けなかったんで。すごいんですよ。こう風がぶわわ~っと」
心配そうに声をかけるイガルガとネルマに、アリは快活に口を動かして無事をアピールする。
「襲撃の目的は不明だが、こちらが図書館と騎士団の名を出しても怯まなかったことから単なる強盗目的ではないだろうな。捕まえて目的を聞き出したかったところだったが、どこかの能無しが武器を携帯していなかったおかげで遁走以外の選択肢がなかった」
「えあー。すみません……」
アリはリクに武装の有無を尋ねられたことを思い出して頭を下げた。
……けれどそうなると、自分たちはあの時点で既に狙われていて、リクはそれに気付いていたということだろうか。
かいつまんで事態を説明した後に、リクは本日の情報収集の成果を交換することにした。
「……それじゃあ、あとで本部に、ランドさんから傭兵を雇うための資金の申請がされてなかったか確認しておくね」
「ああ。ついでに適当な傭兵ギルドの登録メンバーに関する資料と、ランドの活動報告の原文を全て送るように伝えておけ」
「全てって……全て? 箱調査期間のだけじゃなくて?」
「そうだ。残っているだけ全て送らせろ。……次はB班だな。報告しろ」
自分たちの得た情報を語り終えたリクが促すと、トルは軽く頷いて佇まいを直した。
「えっと、私とフルーナちゃんが街の人たちにできるだけたくさん話を聞いてわかったのは、リクたちが町長から聞いたのと同じように、最近このゲインの街で失踪事件が立て続けに起こってるってことで、それをより掘り下げた形になるのかな」
「ほう……」
リクが興味深げに嘆息する。
「行方不明になったのは18人。その半数以上が十歳以下の子どもで、逆に35歳以上の人たちで今まで帰ってきてない人の数はゼロみたい。偏りが大きいから差別性があるのは間違いないだろうね」
「あれ? 町長さんは14人って言ってた気が……」
「あの様子からして明確に覚えていなくてテキトーに言ったんだろうな」
「な…………っ。あ、あのデブおやじ~~ッ」
憤るアリに苦笑してからトルは話を再開させる。
「え、ええっと、それで噂の町長さんが行方不明にまともな対応をしてくれないのに耐えかねた街の人たちで一度周辺地域に捜索隊を出したらしいんだけどね。そのとき、森に向かった人たちが夜になっても帰ってこなくって、翌日の正午にようやく帰ってきたときにどうして帰りが遅くなったのか聞いたんだけど、それまで自分たちが何をしていたのかよく覚えてなかったってことがあったらしいの」
「覚えていなかっただと?」
「うん。普通に捜索していただけ。何もなかった、って」
「それってめちゃんこ熱心に捜索してたってだけじゃないんですか?」
アリの呈した疑問にイガルガやネルマがうんうんと頷いて見せると、オズベルが異を唱えた。
「それはないわね。夜になっても帰ってこなかったという証言が出るということは夜には帰る予定だったということ。ひいては翌日の朝食はおろか夕食の備えすら持たずに出かけたということで、無事に森を捜索していたとは考えにくいわ」
「うん。オズベルちゃんの言う通り、食糧問題が疑問に残るの。捜索隊の人数からしてもその場で調達できるような程度じゃなかったみたい。そのせいもあって、行方不明の件も含めて、人知を超えた力……いわゆる、神隠しじゃないかって噂が出てきたみたい」
「あのぅ……それって、箱物の仕業なんじゃ……?」
おずおずと手を挙げてネルマが尋ねるとリクは彼女に一瞥くれて肯定の言葉を口にする。
「だろうな。ただ、街の住人がそう考えないのはあくまで事件が失踪事件であって、殺人が確認されていないからだろう。呑気なもんだ。明日は自分がぶっ殺されるかもしれないというにな」
「リクさん。そのような言い方はいかがなものでしょうか。家族の無事を願うからこそ、神の悪戯と信じているのではないでしょうか」
眉をひそめながら忠言するフルーナに、リクは話にならんと言うように肩をすくめてから視線をトルへと戻した。
「B班の報告は以上か?」
「うん」
「なら次はC班だな。とっとと報告しろ」
「アンタさぁ……何様のつもりなのよ」
いちいち高慢なリクの言動と、いちいち噛みつくイガルガの両方を知らんぷりして、オズベルがすいっと顔を上げる。
「C班はリク高等執筆員の指示通り、街の外部と頻繁に接触している人たちに聞き込みを行いました。多くはA班、B班の失踪事件に関する情報と重複するものでしたが……一つ、木こりの証言に興味深いものがありました」
「もったいぶるな」
「……はい。木こりは近隣の森林にて活動しているのらしいのですが、失踪事件が発生し始めた頃から街の西側に位置する森で生き物を見かけることがなくなったそうです。スライムも、鳥も、鹿も。一切の動物が西の森に寄り付かなくなったと」
「死骸は」
リクの指摘にオズベルは一瞬目を泳がせたがすぐに気を取り直す。
「訊き及んではいませんが話のニュアンスから無かったのだと思います。生き物の死骸が散乱していたらなら話の内容が変わっていたはずですから」
「じゃあ疫病の類じゃなさそうだね」
トルの言葉にオズベルが頷くと、リクが結論を引き継いだ。
「つまり、何らかの脅威が西の森に現れたために生き物が逃げたということか。そしてお前は、それが箱物ではないかと考えているわけだ」
「はい」
考え込むように顎に手を当てて、やがて浅く溜め息を吐いてからリクは再び口を開く。
「なるほどな。確かめるだけの価値はありそうだ」
そう言ってリクは町長から借りた地図を取り出して投げた。すぐさまトルがキャッチしてテーブルの上に広げる。
「見ろ」
「街周辺の地形の地図ですか」
フルーナの言葉には答えず、リクは地図上の東の一点を指さした。
「?」
何の変哲もない森林地帯を指さされて、地図を覗き込んだ一同は総じて疑問符を浮かべる。
最初に気付いたのはオズベルだった。
「ここって、昨日の……」
「そうだ。ここは昨夜、お前たちがトルにズタズタのぼろ雑巾のように負けまくっていたポイントだ。俺は図書館本部からこの町までの道中を記した地図を預かっていたために、模擬戦に都合の良い広場があることを知っていたわけだが、それがこの地図によると周りと何ら変わりない森林であることになっている」
「借りた地図が古いんじゃないの」
イガルガが思い付きで発言するとリクは鼻を鳴らした。
「その可能性があったらこの話をするはずがないだろう。少しは考えろ。裏に更新日時が書いてある。つい一か月半ほど前の日付だ」
「そ、そういうことは先に言えっつのー!」
「でも……それじゃあ、誰かが広場を隠すために……?」
ネルマの言葉を今度はオズベルが否定する。
「それは違うわ。昨日さんざんあの場所で騒いだのに何の干渉も無かったでしょ」
「わたしとリクさんが襲われたのが、あそこが森じゃないことを知ってしまった口封じのためだったと考えれば、ありえませんかね?」
「その可能性も完全には否定できないけれど、あの広場は見たところ何の秘密も無かったわ。実際、模擬戦でドンパチやっても魔法陣一つ発動した気配がなかったしね」
「では一体なぜ、町長の保管していた地図は誤魔化されているのでしょう?」
フルーナの問いかけで、ようやくリクは核心に触れる。
「当然、隠すためだ。ただネルマの言ったように例のポイントを隠すためじゃない。別の何かを隠そうとしたんだ。その際に、森に不審点を見出す余地を残さないために、ぽっかりと緑の抜けた土地も塗りつぶしたんだろうな」
「そしてその本当に隠したかったものが、生き物が消えた西の森にあるかもしれない」
オズベルが引き継いで結論を述べると、面々はやっと合点のいった顔になる。直結的な思考のイガルガは間髪入れずに口の端を吊り上げた。
「んじゃ、さっさと西の森を調べれば良いって話ね。誰が何を企んで隠してんのか知んないけど、そこに箱物がいる可能性が高いんでしょ?」
今度はリクも同調する。
「そういうことだ。あれこれ予測するよりも実際に確かめた方が早い。明日の予定に盛り込んでおこう」
そう言ってリクは壁の時計を見やると、会議を締めくくりにかかった。
「よし、今日のところはここまでだ。明日の調査結果次第では任務の決着がすぐそこまでせまることになる。ただでさえ使えないお前らが、足手まといにならないよう各自万全のコンディションで臨めるよう準備しておけ」
「も~、一言多いってばぁ。えっと、そういうわけだから、みんな晩御飯を食べたら遅くならないうちに寝てね。えっと、集合は……六時半ってことで。じゃあ、解散!」
トルが号令するとリクは真っ先に食堂を後にして続くようにトルも姿を消したため、後には騎士団のメンツが残された。
「あー良かった。どうやら、あと数日であのウザすぎ馬鹿眼鏡ともおさらば出来そうね。何ヵ月もかかる任務だったらストレスでどうにかなるところだったわ」
イガルガが安堵した様子で肩をすくめるとアリが首をかしげる。
「う~ん。でも、今日一日お供させてもらった限りじゃ、言葉遣いにちょっと問題はありますけど普通に話の分かる人って感じでしたよ?」
「騙されてんのよ。二人きりだからいきなし背中をナイフで刺されないように、その場だけ良い顔してたに決まってるわ」
「あははっ、そうかもですね!」
あまり食い下がらずに笑ってイガルガに合わせるアリをしばらく見つめていたオズベルだったが、やがて食堂に高調な声が上がってそちらに視線を引き寄せられた。
「皆さん。これより我々は夕食を取るわけですが、先ほどトルさんと話をさせていただいた際に、厨房にある食材は自由に使って良いと認可をいただきました。そこで提案なのですが、どうでしょう。せっかくなので皆で共に料理するというのは」
突然テンション高く提案したフルーナに呆気にとられたような、戸惑うような反応は見られたものの、反対の声はなかなか上がらなかった。
「……別に全員でやる必要はないんじゃない? 互いに邪魔になりそうだし」
かろうじてイガルガが冷静な意見を挟むが、
「そう……ですね。昨晩湯浴みを共にできなかったので、せめてこの度は皆さんと親睦を深めたかったのですが……」
と、残念そうに笑うフルーナを見ては無下に断ることなどできるはずもなかった。
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