第10話 笑顔と変顔は紙一重

 集合の時刻が近づくと特別調査隊のメンバーが食堂に集まり始める。

 壁にかかった時計を見やってオズベルが呟いた。

「まずいわね。もう時間よ」

 騎士団側のメンバーが着いたテーブルにはアリの姿がなかった。

「別にいいじゃないのよ。あの変態クズ眼鏡との約束なんて律儀に守らなくたって」

 言いつつも、イガルガも眠そうにあくびしながらこの場にいるのだから素直でない。

「それにアイツらだって来てないじゃない」

 確かにイガルガの言う通り、食堂にはリクとトルの姿がない。しかし、間もなく時計の針が動いて9時ちょうどになった途端、食堂の扉が開かれてリクが姿を現した。

「時間だ。これより本日の任務の概要を説明する」

「え。あの、申し訳ございませんが、少し待っていただけませんか? アリさんがまだいらしてません」

「部隊をABC三つの班に分け、手分けして街で情報を集める。A班は――」

「き、聞いてないわコイツ」

 フルーナの制止も空しく、入ってくるなりリクは淡々と任務について説明していく。

「ちょっと。待てっつってんでしょ! ねえ!」

 騒ぎ立てるイガルガにオズベルは誰にも気づかれないように唇を噛んだ。うるさくてリクの話が聞き取りにくい。今アリがいないからといって、後で自分たちが伝えればそれで済むことだ。きっとリクは二度説明しない。聞き逃すわけにはいかないというのに。

 そんなオズベルの想いが通じたのか、イガルガがまくしたてるのを遮るように、食堂の扉が勢いよく開かれた。

「すいません! 遅れましたっ」

「アリ! アンタ何やってたのよッ」

「最後にC班だが――」

「ぎゃはあ、もう始まっちゃってる!」

「後で私から説明するから静かにして」

「あ……はい。すみません……」

 ついに痺れを切らしたオズベルが叱責すると騒いでいた者たちは静かになった。

 そうして黙々とリクの説明を聞き、それも終わった頃、トルが厨房から香ばしい匂いを漂わせながらワゴンを押しながら出てきた。その上には焼きたてと思しきパンが乗っていた。

「みんなお待たせー。朝……昼かな? ごはんにしよっ」

「わぁ……いい匂い……」

「うわはっ、お店の売り物みたいですよっ」

「これを全てトルさんが作られたのですか?」

 香りに釣られて立ち上がったネルマ、アリ、フルーナたちが配膳を手伝いながら尋ねるとトルは照れたようにはにかんだ。

「うん。一応味は保証するけど、そんなに期待しないでね?」

 オズベルはテーブルの上に並んだ料理を見て、すぐにトルの言葉が謙遜であることを察した。

 パンというものは切ったり焼いたりするだけで出来上がるような簡単なものではない。分量を始めとしたさまざまな要素を正確に構成していってようやく形になる。素人が釜土を見つけたからと言って、えいやっと作れるものではない。

 外形、香りから、味の方も容易に想像できた。

「…………」

 ただそんなことより、もっと心配なことがあった。

「あの、大丈夫ですか? もしかして寝てないのでは」

 オズベルが気にしているのは、パンを作るためにかかる時間のことだ。例えば、発酵。例えば加熱。どう考えても時間が足りない。いくら手際よく進めたとしても寝ている暇なんてあるはずがない。

「え? ああ! ごめん、違うの」

 オズベルの問いにトルは慌てて懐からいくらかのカードを取り出してみせた。

「ああ……」

 オズベルは自分の短慮を恥じた。カードは魔法だけを封じ込めておく技術ではない。技師に直接依頼すれば服だって、予備の眼鏡だって入れておくことができる。当然食料品も保存しておくことができる。トルはいくらかの過程を終えた素材をカードに入れておいてそれを焼いて完成させたのだ。ただ、この特殊な紙切れを作る技術は、人の手で一つ一つ作る職人技なので、多くの技師は魔法や名のある武具など彼らにとってしか封じ込めない主義を掲げ、簡単に手に入るようなものは下らないものと呼び請け合ってくれない。

 そのせいで素材をカードに入れていた。ということに思い至らなかったのだが、カードを使っている身としてはそんなことを言い訳にできなかった。それに、確かにトルは厨房で全て作ったとは言ってなかった。

「ごめんね。勘違いさせちゃうような言い方だったね」

「……いえ」

 これっぽっちの悪意も無い表情で謝られると、オズベルはますます顔を俯かせるしかなかった。

「こいつを食べたら、班分けを発表して行動に入る。遅れてきた奴は他の奴に聞き逃した分の補填でも頼むんだな」

「あはは~……わたしのことですね。すみません……」

 場を仕切り直そうと……なんて意図は全くないだろうが、流れをぶったぎるように告げた言葉に対して、笑ってごまかそうとしたアリをリクは視線で刺した。

 そうして朝食を採り終えると休憩をはさんで班分けが行われた。


 「じゃあ、行ってくるね」

「ああ」

 既に出立したC班に続いて、B班のトルはリクに軽く挨拶を済ませるとフルーナを連れて石門を抜けていった。

「よし。A班も行くぞ」

「えああ、っはい」

 リクが声をかけるとアリは慌てたように返事をする。

「……そんなものは置いていけ」

 どういうわけかイガルガから渡された、けたたましい音の鳴る警音器や失明するほど強力という謳い文句が書かれた催涙スプレーをポーチにしまおうとして、なかなか収まり切らない様子にリクは面倒くさそうに告げた。

「で、ですね……」

 するとアリはどこか空々しく目を反らしながらそれらを庭の目立たない場所に隠しにいって、手足をギクシャクと動かしながらリクの隣まで帰ってくる。どうにも不自然な動きにリクが訝し気な視線を向けるとわかりやすいぐらいに目を泳がした。

 ここまで緊張されてはやりにくい、とリクは舌打ちをして歩き出した。数瞬遅れてアリが慌ててついてくる。

 本日の予定は主に情報収集だった。前調査担当者であるランドや箱に関する情報、それからこの辺りの地域で何か変わったことがなかったか、街中を聞いて回るのだ。とはいえ、ゲインの街は広く、それだけで三日はかかってしまいそうなので手分けすることにしたのだが、無作為に班分けを行ったのではもったいない。

 そこでリクは調査隊員の中でも接触の機会が少なく、敵対心を稼げていない者とチームを組むことにした。

 したがって候補となったのはアリとネルマだった。

 オズベルはそもそも味方にしたので敵対心を向けさせる必要はないし、フルーナは今朝の内に実家に対する独立心と性差別に対する嫌悪感をつついて強い反感を買っておいた。イガルガは考えずとも押せば押した分だけ簡単に反発してくるのでとり急ぐ必要もない。そもそも既に充分すぎるほどストレスが溜まっているはずだ。

 そして残った候補にしてもネルマの方は分かりやすく、彼女の臆病な性格を利用して、その恐怖の対象になってしまえばいい。ただ、ネルマの過剰なまでの怯えの根源にあるものが判然としてない。

 そこがはっきりしていない段階で下手に行動を起こせば、元々の恐怖の対象からかばう形になってしまう可能性がある。なので、それについてもおおよそ見当はついているものの、今日のところはオズベルと同じC班に入れて、探りを入れてもらうことにした。

 というわけで、リクはこのかるーいノリで人の懐へ入ってくるけれど、そういうタイプ特有の丁寧さを感じさせる少女、アリと今日一日の行動を共にすることにしたのだった。

 こういう性質の人間は、基本的に真心こめて会話することがない。感情が乗っているときでも、どこか冷静な目線というのを持っているものだ。

「…………」

 並んで歩くアリに意識を向けると、そわそわとした様子で時折こちらを確認しているのがわかった。

 相手を知るには会話が常套手段だが、こちらから話しかけたのでは仲良しだ。

 落ち着かない心境を確認したことだし、ここはあえて無言を貫くことでアリの反応を引き出す。攻めるときは普段よりガードがゆるくなるはずだ。

「えっと、道……こっちであってますかね?」

 思惑通り、沈黙に耐えかねたアリが何気ない会話を提示してくる。

「…………」

 当然だろうと無言で告げると、無視とまではいかなくとも冷たくあしらわれたアリが空口笛を吹くのを感じた。

「案外と広い街ですね。確か、名前は……んと…………」

「…………」

「わぁ。あのお店、見たことも無いようなもの売ってますよ。何に使うものなんですかね?」

「…………」

 範囲魔法のような労力の無駄遣いで会話を生み出そうとするアリに一切の反応を返さないでいると、少し抑えた声のぽそりとした呟きが耳に届いた。

「あの……お昼のことなんですけど、会議に遅れてすみませんでした」

 ここらへんが潮時か。連発されていた、相手の気を引こうとするのとは違う新しいアプローチが出てきたので、リクはそれに応じることにした。

「別に気にしてなどいない。俺の計画に支障をきたさなければ、何をしたって咎めるつもりはない」

「めちゃんこ成果主義ですね。過程よりも結果が大切です的な」

「当然だろう。どんなに死に物狂いで努力したところで成果につながらなければ意味はない」

「なるほど。一理なくもない感じです」

 本当にそう思っているのかはさておき、所在なさげしていたアリは言葉のやり取りが達成されたことでほっと胸を撫で下ろしたように見えた。

「でも、怒ってないとなると、どうして無視……というか、無口でいらしたんですか?」

「返事をする必要性のない無駄な話だったからだ」

「めちゃんこ成果主義ですね。過程よりも結果が大切です的な」

「当然だろう。どんなに死に物狂いで努力したところで成果につながらなければ意味はない」

「ループしてる!?」

 アリは大げさに衝撃を受けた顔をする。そしてにやりと笑みを浮かべるとへにゃっと破顔した。めまぐるしく表情が変わる上に、笑み一つで違う顔もできる器用な奴だ。

「なんていうか、意外ですね」

「…………」

「気に障ったらごめんなさいなんですが、リクさんって……えと、怖い人かと思ってました」

 言いよどんだ部分はおそらく「嫌な奴」の言い換えを探していたのだろうが、追及したところで意味がないのでこの際放っておく。

「今は思ってないのか」

「はい。リクさんの中に、なんとなーくユーモアを見出しました。ほら、今さっき、わたしの冗談に乗ってくれたじゃないですか? そゆ人って案外いないもんなんですよ」

「別に乗ったつもりはない」

「あれ、そうですか? だとしたら天然なんですかね。あ、悪い意味じゃなくって。やっぱ頭のいい人は違うなーっていうか。普通の人とああいったやり取りをすると、だいたいわたしのボケにすぐツッコミを入れてくるんです。や、それはそれでテンポを重視したい場面では大切なことなんですけどね? なんと言いますか、きちんとしたボケの応酬みたいなのは新鮮なんですよね。逆に最悪なのは、別にかしこまった場面でもないのにギャグにキレてくるような人ですけど。ああ、いえ、最悪って言っても人となりがって意味じゃなくて、わたしとの相性的な意味ですよ?」

 リクが反応を返すようになると、アリは水を得た魚のようにしゃべくり始めた。

 言葉の端々に各方面へのフォローを忘れないところを見るに、気を遣うのが癖になっているようだ。それはきっと、彼女の人の良さの現れなどといった綺麗な話ではなくて、他者の攻撃から身を守るための鎧……。この少女は何か心的外傷を抱えているようだ。そしてそれが軽さを包む丁寧さという殻となって自身を守っているのだ。少しだけアリという少女の本質に触れた気がした。

 やがてリクが足を止めると、話に夢中になっていて二、三歩多く進んでしまったアリが振り返る。

「どーしたんですか?」

「ここだ」

 そう言ってリクが顎で示したのは大人の風情漂う酒場だった。女性の裸のシルエットが描かれた看板からは共同住宅地なんかがあったのと同じ街とは思えない怪しげな情緒が醸し出されていた。

「…………うわぁ、これはまたずいぶんとアダルトな感じなお店ですね」

「酒場というのは最も人の口と財布の紐が緩みやすい場所だ。必然的に多くの情報が集まる」

「それは確かにそうかもしれないですけど、私みたいなちんちくりんが入ったら浮いちゃいませんかね?」

「まあ、避けがたいだろうな」

「そこは否定してくださいよぉ!?」

 こんなところで漫才をしていても仕方がないので、膨れながら抗議するアリを無視してリクは入口の扉を押し開け中へ入っていった。

「いらぁっしゃいンませぇ~」

 扉につけられていたベルが小気味のいい音色を鳴らして、カウンターの内側にいる店主と思しき女性が艶を帯びた独特の声色でリクたちを迎える。

 いかがわしさを感じさせる店の外観とは裏腹に、シックな内装が施された店内にはまだ昼間だというのに何人かの飲んだくれがいて、時折下卑た笑い声をあげていた。全体的に雰囲気が統一されていない。

 立ち込める煙草や酒類の匂いにアリは鼻をむずむずと動かしたが、手で覆うのは流石に躊躇われた。一方でリクが全く意に介していない様子でまっすぐにカウンターへ向かっていくので、慌ててその後を追った。

「適当に見繕ってくれ」

「はぁい。そっちのお嬢ちゃんは……まだお酒は早いかしらぁ?」

「え、あ、はい」

「じゃあ、アップルジュースでいいわねぇ?」

 注文を取った店主が奥で用意を始めると、アリはリクの座った席の隣にぴょんと飛び乗りながら囁く。

「ちょっと、いいんですか? 職務中なのにお酒なんか飲んで」

「酒場で酒を頼まないうちは客じゃないだろう」

「むむ、確かに……。ってか、その、わたしってば今手持ちないんですけど」

「無駄な心配をするな」

 それだけ言ってリクは店内を見渡すように視線を流す。

 その顔は、オレンジがかった薄暗い照明に妙にマッチし、官能的かつ野性的な様相が演出され、アリは思わず見惚れてしまった。

「ちょ、ちょっと眼鏡外してもらっていいですかっ。あと髪を少し濡らすか掻き上げるかしてもらってもいいですかっ」

「…………」

 思わず鼻息を荒くするとひどく冷めた視線で貫かれた。アリは気まずくなって顔を背けたが、頬に差した赤みはなかなか引かなかった。

「はぁい、お待たせしましたぁ。アップルジュースとぉ、この店オリジナルの、パイダスラヴっていうカクテルよぉ。ちょっと強めだけど、お兄さんなら平気よね」

 タイミングよくグラスが運ばれてくると、アリは「わはぁい」とわざとらしく喜んでドリンクに飛びついた。

 そんなアリを尻目にリクはグラスを手に取り、ついと傾けて口を付けるとすぐにそれをカウンターに置いて店主に向かって身を乗り出した。

「すまないが、少し訊きたいことがある」

「あぁら、本命はそっちねぇ? なぁに? あたしにわかることならなんでも教えてあ・げ・る」

 そう言って店主は妖艶に微笑んだが、リクは眉一つ動かさずに本題に入った。

「男を探している。短めの黒髪で赤いスカーフを右腕に巻いた背丈が俺より少し高いぐらいのやつだ。ここ一週間の間にこの街に来たはずだ」

「黒髪にスカーフねぇ」

 店主が頬に手を当てて首をかしげると腕の間に挟まれた胸が強調され、それに気付いたアリはグラスに口を付けたまま吹き出した。

「ちょっと、だいじょおぶぅ?」

「何をしているんだお前は」

 顔中にアップルジュースを滴らせるアリを心配そうに店主がタオルを手渡してくれる。お礼を言って顔を拭きながらアリは感慨深げに呟く。

「いや、なんていうかその、すんごい爆弾をお持ちですね」

「え? …………あぁ~」

 何を指してのアリの発言なのか気付いた店主はおかしそうに笑った。そうして優しく微笑みかける。

「そっかぁ。まあ、気になっちゃうわよねぇ。だいじょぉぶよ。私がお嬢ちゃんぐらいのときは、やっぱりそのぐらいだったもの。お嬢ちゃんもきっとすぐにおっきくなるわ」

「そういうもんですかねー……」

「それで、どうなんだ」

水を差されたことに苛立った様子のリクが促すと店主はさっと表情を改めた。

「そぉ。思い出したわぁ。丁度六日前にそんな男の人が来たの。たくましくて、だけどかわいくもある人だったわぁ」

 うっとりとした表情で語られた内容に一瞬考える素振りを見せるも、リクは質問を続けた。

「そいつは店でどんな話をしていた。俺と同じようにあなたにいろいろ訊きにきたんじゃないか」

「そんなことはないわよん。確かに少しはお話したけど、メインは仕事の待ち合わせだったみたぁい」

「待ち合わせ?」

「ええ。傭兵さんかしらね~。凛々しい感じの女の人と会っていたわ」

 その言葉にリクは微かに息を飲んだ。

「その女の特徴は」

 若干急いた口調に店主は思い出すように額を人差し指で突いて唸った。

「赤髪で……甲冑を着こんでいた気がするわ~。……思い出せるのはこのぐらいかしら」

「わかった。世話になったな」

 これ以上は答えられない。と、暗に釘を刺されたため仕方なく引き下がる。

誰ともわからぬ相手に個人情報ともいえる情報をあれこれ開示することが、後々面倒なことに巻き込まれることに繋がると、この店主は心得ているのだ。

 リクが適当に硬貨をカウンターに置いて席を離れていくと、アリは慌ててまだ残ったドリンクを飲み干してその後に続いた。

「ありがとぉござンいましたぁ~」

 店を出てもリクは立ち止まることなく淡々と歩みを進め、なんとか追いついたアリは息を整えながら話しかける。

「ず、随分と急ぐんですね。てかリクさんお酒残してきましたね」

「時間は有限だからな。本来は午前中から始めるつもりだったのが更に短くなったんだ。酒は一杯を無駄にしても時間は一秒も無駄にはできない」

「……すみません」

 昨晩の集合時間を決める段におけるリクとトルのやり取りや、自分が余計なことで時間を取らせたことを思い出して、アリは申し訳なさげに謝罪する。

「それで、なにか分かりましたか?」

「聞いていた通りだ。ランド……箱の前調査担当者は赤髪の傭兵を雇っていた」

「なんでランドさん? は傭兵を雇ったんでしょう?」

「本気で訊いているのか?」

 詰問するような厳しい視線にたじろいで、アリはうーんと考え込む。

「あ、そっか。リクさんたちが騎士団にわたしたちを派遣させたのと同じように、ランドさんも傭兵を雇うことで自分たちの戦力の補強をしたんですね?」

「…………」

「? リクさん?」

 黙り込んだリクを覗き込むと、やがて軽く首を横に振ってから答えが返ってきた。

「50パーセントだな。その答えは」

「え。じゃあ残りの50パーは何です?」

「弱点、不足を補った可能性だ。と言っても、こちらではなさそうだがな。店主は赤髪の傭兵は甲冑を着ていたと言っていた。つまり、戦士タイプである可能性が高い。だがランドの奴もまた多少の魔法が使えるものの、戦士タイプだった。それもかなり優秀な。すなわち、赤髪が単なる戦士タイプであったなら不足を補うには不適切な人選だということだ」

「え、と~。つまりですよ……? 戦士タイプが二人必要なほどの敵と相まみえる予定だったか、傭兵は戦士じゃない、もしくは単なる戦士ってだけじゃなかったってことですか?」

「そうだ。ともかくその赤髪が鍵を握っている可能性は高い。赤髪の能力次第ではランドの調査していた箱物の特性に当たりをつけられる。仮にもし雇っていなかった場合でも、何かしらの情報を引き出していたことになる。そうなれば、赤髪に接触することができた場合それもまた有益な情報を得られることになる」

「じゃあ、早速赤髪さんの行方の調査をしなくちゃですね!」

 グッと握りこぶしを作って意気込むアリを一瞥した後、リクはため息をついて再び首を振った。

「そんなわけがないだろう。本日の予定は既に確定済みだ。第一、調査するにしても他の奴らとのすり合わせができていない状態で行うのは効率が悪い。明日以降、今日の収穫と併せて調整する」

「えー……」

「不満そうだな」

「あ、いえ、そんなことはないんですけど……なんていうか、せっかくゲットした情報ですし、どうせなら活用したいかなーなんて」

「物事の一部を見て行動を急ぐな。大局を見誤れば全てがうまくいかなくなる」

「木を見て森を見ずってやつですね」

「…………」

「リクさん?」

「お前、武装解除しているのか」

「え? あー、ハイ。まあそりゃあ、町中ですから」

 アリが肯定するとリクは顔をしかめた。

「騎士団員たる者いついかなる時も油断するものじゃないだろう」

「そうは言っても今日は聞き込みだけって話でしたし、街の人たちをむやみに脅かすのもどうかと思って」

「……そうだな」

「…………え、なんですか。これから何か戦いに行く予定でした?」

 どこか表情険しくなったリクに疑問符を向けるも、無駄話は終わりだと言うようにリクは首を振って前に向き直り、返事もせずに歩を進めていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る