第771話 道を造る職人達の光景

バンドルフィ(測量士)


バンドルフィが親方の元から独立し、測量士として仕事を始めてから3年になる。


最初の仕事は親方の紹介を受けた辺境貴族の領地の測量だった。

未熟な彼は良かれと思い熱心に領地を回って測量した結果、農村の隠し畑を発見してしまい、発覚を怖れた農民達に鍬で追い回され、さらにははぐれゴブリンともかち合い、二日と二晩の間、不眠不休で逃げ回る羽目になった。


「あれは死ぬかと思った・・・」


測量士という仕事は土地の裁定者であり、正しく土地を測る者である。

それが測量を生業とするバンドルフィの誇りであり、仕事を支えるモチベーションであった。

しかし「正しい答えが全ての人間にとって好ましいものではない」という親方が折に触れて教えてきた(そして彼は聞き流していた)ことを彼は身を持って学ぶ羽目になったのである。


全ての測量士は風のように走ることが出来る。なぜなら走れない測量士は測量士ではない。

と、バンドルフィは教わった。


「走れなかった測量士は命を落とすからじゃないのか?」


深夜に山中を逃げ回りつつ、バンドルフィは何度も反芻した。


「もう少しマシな靴がいる」


というのが、命がけの初仕事を終えた彼の感想だった。


金のなかったバンドルフィは街用の革のサンダルを履いたまま深い山中を逃げ回り、岩で滑り、藪を踏み抜き、文字通り傷だらけになって生き延びたのである。


足下の相棒を捜し求めていた彼は、あるとき知り合いの冒険者から奇妙にゴツい靴を譲り受けた。

それを初めて履いたときの驚きと感動を形容するのは難しい。

以来、彼はその靴を愛用している。


靴を発明した工房から仕事の依頼が回ってきたとき、断る選択肢はバンドルフィにはなかったのである。


◇ ◇ ◇ ◇


屋外の農地を測量することの多かったバンドルフィにとって、街中の測量は初めての経験であった。

とはいえ、測る距離が短く頻繁になるだけで基本的な作業は変わらない。


道に目印の棒を立て、角度を定規で測り距離を縄で測る。

入り組んだ道と家屋に苦労しつつも、愚直に正確な作業を繰り返し羊皮紙に街の地図を記していく。


「しかしひどい家が並んでるな・・・」


彼は職業柄、地方の貴族や教会の建築を目にする機会も多い。

その経験からすると、3等街区にならぶ家々はどれも崩れかけており廃墟同然の小屋もある。


「これを何とかするってんだから、代官様は聖人様だよなあ」


家を取り壊して綺麗な道を通すだけでなく、元々の住人には引越や新居の資金も援助するという噂も聞いている。

生まれつきの貴族であれば、そんな迂遠なことはせず単に出て行くよう命令し、従わなければ暴力を振るう。

自らの財産である領民の生殺与奪の権限を疑わないからこその貴族なのであるから。


測量を続けているうち、バンドルフィは幾つかの奇妙な家屋に気がついた。

苔むした上に石積みの技術が低く壁が傾いていたのでわかりにくかったのだが、上等な石材を使用した家があるのである。


「2等街区の外壁と同じ建材を使っている・・・?」


2等街区の外壁に使用されている石材は数百年以上前に遠隔地から運び込まれた白く均一に切り出された堅牢な石材であり、今では失われた技術によって石材の間は髪の毛の入る隙間もないほどキッチリと積まれている。


「まさか盗んだとも思えないし・・・」


3等街区の住人が2等街区の市民の共有財産を傷つけたらただでは済まない。

それに外壁が傷ついていれば巡回する衛兵が必ず気がつくだろう。


これは依頼主である代官に報告の必要があるだろう。

バンドルフィは羊皮紙の測量結果に「要報告」とメモを加えた。


◇ ◇ ◇ ◇


ゴルゴゴ(靴工房の親方&技術開発責任者


ゴルゴゴには最近、悩みがある。


「ですから!先に道路を通してしまってですね、その後に店舗を建てるんです!ほら!」


エランがささっとブロックを積み上げて点数を数え上げた。


素早いのはエランだけではない。

他の職人チームも若い連中が素早く計算してはブロックを積み上げて街を作り上げていく。

あるチームなどは手伝いの少年が年長の職人達を差し置いて議論をリードし置き方を指示していたりもする。


工房の仕事の後で職人達が熱中しているのは、小団長が造った聖靴通りの開発を模したゲームである。

最初は工房にあった木切れを適当にカットした木片であったゲームは、今では職人達が自分のチームのブロックを自作し「秘密の漏洩を防ぐため」という理由で工房の片隅に箱で積み上げられている。


最初は子供の遊びの延長の単なる積み木に見えていたゲームだが「現実に即した」ルールが多数導入された結果、ぼやぼやしていると全くついていけない高度な計画ツールへと変貌を続けていたりする。


ゴルゴゴにとって他の職人というのは創意工夫に欠けた昔からの惰性で仕事を続けている連中としてやや軽んじる気分があったのだが、最近の小団長がもたらす変化にはついて行くのはなかなかにしんどい。

元冒険者の頭の中に、どうしてあれだけの知識と発想がつまっていたのだろうか。


もっとも、小団長の経歴にゴルゴゴはそれほど興味はない。

元々が冒険者などという連中は人に自慢できない経歴を持つ流れ者の集まりであり、その中で小団長は後ろ暗いことをしてないだけマシである。

彼のつぶれかけていた工房を再生し、好きなだけ研究に取り組めるだけの予算をくれ、大勢で賑わう活気あふれる工房を造り上げてくれた。

ゴルゴゴという職人には、それで十分なのである。


彼の悩みは小団長の経歴に対する疑念でも、充実している最近の仕事についてでもない。


「どうです?親方!」と、素早く街を造り上げたエランが胸を張る。


負けず嫌いのゴルゴゴは弟子のエランにゲームで勝てないのが悔しくてたまらないのだ。

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