第719話 苦手なことは得意な人に任せる仕組み
問題を考えるには、最初に問題を整理する枠組みを考えるのが解決の近道になる。
問題に直接とりかかる前に、問題の解き方に全力で頭を使うのだ。
まずは、パペリーノが抱く懸念の種類を頭の中で整理する。
パペリーノをトップに据えて領主不在の事態を裁くには、2種類の課題がある、と本人が言っている。
1種類目の課題は、各種業務の現場感の不足である。実際に土木工事に携わったことがないので、どんな出来事が起きるかディテールを詰めることができない。だから問題を認識できない、という課題。
2種類目の課題は、日常から離れた突発事項への対処という課題である。パペリーノの生真面目さと事務処理能力は、日常業務を処理することに高い適性を持っている。一方で、その長所の裏返しとして突発事項に弱く、変化の激しい修羅場で大雑把でもとにかく指示を出し続ける、という種類の経験が不足している。
パペリーノを代官不在時の暫定トップに置くことは決定しているのだから、それらの課題をサポートできる仕組みを考えれば良い、ということになる。
ここまで思考を進めることができれば、あとの話は簡単である。が、どうやって説明したものか・・・。
少し考えてから、最初にパペリーノを頂点とする組織図を黒板に書く。
「まず、トップはパペリーノ。これは決定とする。下にはリュックとロドルフがつく。ここまではいいか?」
小さな三角形に、パペリーノが頷く。組織図は何度か靴工房でも使っている概念なので、他の面々も理解できているように見える。
「代官としての通常業務は、パペリーノトップの体制で2人が補佐すれば引き続き行えるだろう。問題になるのは、製粉所の工事が始まってからだな。ここは担当を分けようと思う」
組織図の下に、各人が担当する仕事内容を書き込んでいく。
「まず、仕事の管理はパペリーノに任せる。全体の調整はパペリーノの仕事だ。人夫への賃金の支払いや金銭管理は元商人のリュックに任せよう。現場の人夫たちの不満を聞き取ったり、治安管理については元貴族のロドルフに任せた方がいいだろう。要するに分担制だ」
業務管理をパペリーノ、収支管理をリュック、人事管理をロドルフ、と分担する方式だ。
ただし全ての最終責任者はパペリーノで、普段の業務の執行もパペリーノの責任において行う。
「普段は?」とジルボアが鋭くこちらの意図を読み取ってくる。
「そうだ。普段の責任者はパペリーノだが、緊急時は体制を変える」
組織図に矢印を追加して、パペリーノを下に、剣牙の兵団からの出向組を上に移動させる、という図にする。
「例えば貴族や魔物の襲撃、河川の氾濫、流行病、大規模な火事等、領地の存続に関わる事態が起きた場合は、責任者を変える。キリク、リュックとロドルフ、どちらの方が適任だと思う?」
問われたキリクは、顎髭を撫でながら答えた。
「そうですなあ。リュックもできる奴ですが、ロドルフの方が人を指揮した経験がありますからねえ。自分はロドルフを推薦します」
横目でジルボアを見ると、無言で頷くのが見えた。
緊急時の指導者として、ロドルフを上に置いた組織図を横に書く。
小さな三角形の組織図が2つできる。
「えっと、よくわかんないけど、パペリーノはそれでいいの?なんか降ろされちゃうみたいに見えるけど・・・」
「いえ、自分でも斬り合いの世界が苦手なのはわかっています。先日の襲撃の件で思い知りました。むしろ、そうした暴力が絡む事態はお任せできる、と決まっている方がやりやすいです」
サラがパペリーノに気を使って声をあげたのを、パペリーノ本人が手を上げて宥めた。
「面白いな。途中で指導者を変えるのか」
腕組みをしながら、ジルボアが何度も頷いている。
「誰しもがお前さんみたいに何でもできるわけじゃないからな。得意なことで力を発揮してもらって、不得意なことは他人に任せればいい。それだけだよ」
「それを組織の規則にしようというのが興味深いな。なるほど。面白い」
ジルボアは、本人が何でもできすぎる。
なので、できない人間を組み合わせる組織論など気にしたことがなかったのだろう。
しきりに頷いている。
「それで、どんな時に役割を交代したらいいんでしょうか?何か深刻な事態が生じた時には、ということでしたが」
パペリーノが疑問を抱いたように、組織の指揮権を交代する場合は、どんな事態に至ったら交代するのかという線引が難しい。
例えば大規模地震のように目に見える深刻な事態であれば合意も容易だが、ジリジリと危険度が上がっていくような連続的な事態では、その交代が曖昧になりやすく組織運営に混乱が起きやすい。
例えば、魔狼が村を襲ったとする。1頭や2頭なら通常の事態だ。だが5頭なら?あるいは3頭なら?村人が負傷したら?子どもが攫われたら?その線引はどこにする?ということだ。
「基本的には、自分には手に負えない、と思ったら交代してもらっていい。もちろん事態を引き受けるロドルフと話し合ってのことだが」
回答を聞いて、パペリーノが目を見開いた。
「そんなのでいいのでしょうか?」
本人は肩透かしを食ったようだが、この仕組はパペリーノを補佐するために考えだしたのだから、本人の負担になるのでは意味がない。
それでもパペリーノの判断の負担を減らすために、様々な具体的な事態の想定を議論していく必要はあるが、基本的には
「それでいい」
と言うしかない。
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