第718話 大きな布を織るように

そもそも、自分が何を考えているかを説明する、か。


外側の問題解決に向けて頭を働かせるのは得意だが、こと自分の内側を表現しようとするとうまく言葉にならない。


「そうだな・・・」


数秒間、目を閉じて適切な言葉を探す。


「この領地を製粉業を通じて豊かにしたいと思っている。ここまでは以前も言ったな?」


まずは基本の認識に立ち戻り、全員が頷くのを確認する。

そこから思考のステップを説明していく。


「領地が発展する、ということは変化することだ。領地の姿は短期、中期、長期で異なる様相を見せることになるし、発生する課題や解決についても変化していくことになる、と思っている」


「その話は初めて聞きました」


パペリーノが、少し不服そうに零すのに対し、言葉を重ねる。


「確かに、言葉にしたのは初めてかもしれない。だが、そもそも開発計画には作業として書かれていることだろう?それを少し言葉を変えて説明しているだけ、とも言える」


「そうかもしれません。ですが・・・まあ、続けて下さい」


少し言葉遊びの詭弁に聞こえただろうか?

だが思考を説明するということは、事実に対する解釈と枠組みを説明することでもある。


「まずは短期的な姿だ。これは簡単に言えば人夫と土木工事の季節だ」


元の世界の言い方では「フェイズ」や「局面」と表現するところだが、そうした概念のないところに新語を突っ込んでも仕方ないので、敢えて「季節」という言い方をする。


「工事と土木工事の季節とは、湊を整備するために川縁の土地を整地し、川底を浚渫し、水車小屋の予定地を伐採し、木の根をどけて整地することだ。測量と伐採と整地と浚渫のために、大勢の人夫が派遣されてくる。今まで村に来たことのないような荒くれで暇があれば酒と賭け事をするような男達が何十人とやってきて、何十日も滞在する。彼らは多くの資材と食料を消費し、酒を飲み、女を買うだろう。その対価は銅貨や銀貨などの、純粋な貨幣だ」


大きな仕事を説明し、仕事に従事する人々を説明し、従事する人々の生活を説明し、そうした人々と領地の関係を説明していく。

上から下へ。下から横へ。説明するということは、大きな布を織る行為にも似ている。

出来事の流れという縦糸と、出来事の関係性という横糸を組み合わせていくことで、全体像が見えてくる。


「そうした人夫の大量流入で、どんな問題が起きるか想像してみよう。人夫の連中は気が荒い。喧嘩沙汰も多いだろう。村娘にちょっかいをかけるかもしれない。酔って畑を踏み荒らすかもしれない。村の物々交換で回っていた経済が、貨幣の大量流入でおかしくなるかもしれない。純朴な村人が賭け事に加わって、莫大な借財をこしらえるかもしれない。人夫への給与支払いが遅れれば暴動が起きるかもしれない。工事中の事故で大勢の怪我人がでて、治療する人員や物資の手当がつかないかもしれない」


実務の役に立つ説明のコツは、できるだけ想像力を使うことだ。

できるだけ細かく、できるだけ生臭く、溝(ドブ)浚いから排泄まで考え抜く。

想像力を限界まで働かせることで、説明という布地の目は限りなく細かくなり、事実を零すことがなくなる。


そうして説明をすればするほど、パペリーノの顔色が悪くなっていく。


「正直なところ、そこまでの事態を想像していませんでした」


生真面目な若い聖職者は想定外の事態に明らかに狼狽している。

それを横から救ったのが、キリクだ。


「そういう時こそ、兵団(うち)の連中が役に立つ場面じゃないですか。リュックとロドルフならうまくやりますぜ」


ことさらに明るく大声を出してみせるキリクに、パペリーノが硬い笑顔を浮かべた。


「その通りだ。治安を守るのは領主の仕事だ。パペリーノ、問題の解決を自分一人で抱え込むことはない。できる人間に任せるんだ」


任せることはパペリーノにもできる。重要なのは問題を解決することであって、誰が解決するかは問題ではない。


「なぜ、そうした考えができるのですか?」


パペリーノが心なしか、弱々しい声で尋ねてきた。


想像力と一言でいってしまえばそれまでだが、それをパペリーノでも誰でも行えるようにしないと、自分の頭の中身を説明したことにはならない。


自分の場合は訓練の賜物だが、それを素人でもある程度はできるようになってもらうよう説明なり手順を考えなければならない。


初めに考えていたよりも、かなりの難題だ。知らず知らずのうちに鼻の頭を掻いてしまう。

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