第703話 襲撃作戦

襲撃作戦の手順を、いまいちど頭の中で復習する。


敵が潜んでいると思われる農家の庭がある表口から、大勢の農民たちが接近する。

敵が農民たちを口先で追い返すか、あるいは魔術で欺瞞するにしても農民達は大勢いるし、彼らには仕事の報酬が約束されているわけで、簡単には帰らないだろう。何とか仕事をしようと粘り、口論ぐらいにはなるはず。


騒ぎが起これば家屋の中にいる奴らの注意がそれる。

そこで裏口からキリクが潜入して、撃滅する。


俺とサラは家屋の内部に踏み込むと足手まといになりかねないので裏口の外で待機。

逃げ出してきた連中がいたら、足止めに努める。


キリクが内部を掃討するまでの時間稼ぎが仕事だ。

もし大勢が飛び出してきたら、一目散に逃げる。


何とかしておきたいが、命を張る場面ではない。

そう考えれば気楽なものだ。


「では、先行します。裏口まで自然にゆっくりと歩いてきて下さい」


そう言うと、キリクが姿勢を低くして走り去っていく。

音もなく走るその様子は、大型の猫科の猛獣を連想させる。


「あれだけ武器を持って音がしないってのはすごいな」


キリクの武装を確認する際に、ベルトと武器の金属が擦れそうな部分に布を挟んでいたのを見てはいたが、それにしてもあれだけ静かに走れるというのは、この目で見ていても信じがたい熟練度だ。


「まったく。剣牙の兵団ってのは、化物しかいないのか」


なんとも腰の剣が頼りなく感じられる。


「いいじゃない?それより早く行きましょ!」


サラに腕を取られて歩き出す。


キリクには「代官様とサラ嬢でなるべく仲が良さそうにして、自然に歩いてきて下さい」と言われている。


「素人が中途半端に身を隠して接近すると目立ちます。2人で村を視察している、という体で自然に歩いている方が目立ちませんから」というのが、その理由だが腕を組む必要まであるんだろうか。


今、俺達が身につけているクロース・アーマーもブリガンダインも実用一辺倒のものでなく、装飾なども入っていて、少し遠目には衣装の延長のように見える。

そのあたりも計算の上で用意したということなのだろうか。


農家に近づいていくと、表口で農民達と2人ほどの男達が言い争っているのが見える。

どちらも見たことのない顔だ。


当たりだ。


静かに、ゆっくりと裏に回る。サラが俺の腕をぎゅっと掴むのを感じた。

考えてみれば、サラにとっても命のやり取りは久しぶりになる。

掴まれているのとは反対の手でサラの手を撫でてやると少し握力が緩んだ。


「代官様、イチャつくのは後でお願いします」


何もいないハズの場所から声がして思わず声が出そうになる。

裏口近くに打ち捨てられた棚の残骸と藪の間に、大柄なキリクが蹲って身を潜めていたのだ。

黒い色の革鎧で上手く影に潜んでいたためか、声をかけられるまで、まるで気づけなかった。


「じゃあ、行ってきますぜ」


キリクが低い姿勢を保ったまま、ゆっくりと裏口に近づいていく。

相変わらず音を立てない。


なぜか口の中が乾く。

大量のアドレナリンが分泌されている証拠だ。

久しぶりの”命がかかっている”味覚だ。


キリクが裏口を開けようとして、動きを止めた。

敵地にいる相手も、さすがに馬鹿じゃない。

鍵か閂ぐらいかけているのか。


「どうする?ケンジ」


サラが囁く。そう言われても、どうしようもない。


奇襲は失敗か。


焦りを覚えながら見ていると、キリクは斧槍を大きく振り上げた。


まさか。


目を見開いている内に、タタッと軽く助走をつけてから斧部分を勢い良く扉に叩きつけた!


もともと怪物の強固な皮膚を砕くための武装である。

その一撃で農家の粗末な木の扉は轟音を立てて砕け散った。


同時に、キリクは斧槍を投げ捨てると、両手に戦斧を引き抜いて突入していく。


「・・・っ!裏口を塞ぐぞ!」


呆気に取られているサラを連れて、作戦通り裏口を塞ぐために駆け出す。

中の様子は見えないが、金属を肉に叩きつけるくぐもった音と押し殺したような悲鳴が連続で聞こえる。


金属同士を打ち合わせる音がしないということは、奇襲は成功しているのだろう。

未だ裏口から飛び出してくる人間はいない。


「あ、逃げた!」


サラの声に思わす視線を動かすと、表口で農民達を相手にしていた連中が道を駆けていくのが見えた。


「えいっ!」


サラが矢筒から矢を引き抜いて、男の片方に矢を放つ!

まるで糸を引くようにまっすぐに飛んだ矢は、男の背中に当たり転倒させた。


もう一人は、その様子を見て藪に飛び込み、こちらから死角になる場所へ消えた。


「ああもう!」と、サラが悔しがって追跡しようとするのを「追うな!」と止める。


俺達の仕事は裏口を固めることだ。

それから数分間。実際には数十秒にしか過ぎなかったのだろうか。


剣を構えて待機していると、ぬっと大柄な男が両手に血塗れの斧を抱えて裏口から出てきた。


そして一言「終わりましたぜ」とキリクが告げた。


それは同時に、今回の襲撃作戦の終わりの合図ともなった。

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