第702話 戦いの装備。久しぶりの冒険者

翌日の朝。


連絡役の少年に「独身の男を出来るだけ大勢集める」ように伝えたところ、すぐに10数人が集まってきた。


いつものように出稼ぎ農民たちの代表に「豆の畑を拓いて欲しい」との依頼があった旨と場所を伝え、報酬についても約束する。

多めの報酬の約束に、無邪気に喜ぶ彼らの様子を見るのは、良心が痛む。

せめてもの用心に、柄の長い鋤などの農具を多めに渡しておくことにする。

何かあったときに、何とか身を守れるといいのだが。


農具を載せた荷車を牽いた農民たちを見送り、すぐに屋敷の中で襲撃の準備を始める。


◇ ◇ ◇ ◇


「はい!まずはこれを着て!」


屋内でサラに渡されたのは厚手の布の上着だ。俗にクロース・アーマーなどと呼ばれることもある。

が、要するに詰め物をした、ぶ厚い上着だ。


厚い布の上着の防御力というのは馬鹿にできないもので、現代でも冬服を着ていたおかげで銃撃や刃物の事件で助かる事例も結構ある。


襟元から袖まで分厚い詰め物がしてあって動きにくいが安全には代えられない。

ちょっとした刃物ぐらいなら十分に防いでくれるだろう。


「それから、これね!」


続いて被せられたのはブリガンダインという、金属片を鋲で打ち付けてある袖なしのチョッキだ。

現代の防弾アーマーの外見に近い、かもしれない。

軽く、一定の防御力もあり、安価で、金属の擦れる音がしない。

冒険者には人気の防具だ。


防御力を重視して重い鎧を身につけると、今度は形勢不利となった時に逃げられなくなるので、このあたりの鎧が妥協点だろう。


あとは手を守る厚い革の手袋をして靴紐を締め直せば”久しぶりの冒険者のケンジ”の完成だ。


全身のフィット具合を確かめるために、拳を握ったり開いたり、軽く跳躍したりしていると、サラがポツリと零した。


「ケンジって、冒険者の格好の方がまだ似合ってたのね・・・」


などと失礼なことを言う。

ほっといてくれ。


「じゃあ代官様。準備はいいですかい?」


行動を促すべく声をかけてきたキリクは、これまで見たこともないような重装備をしていた。


まず全身は剣牙の兵団の正式装備である魔獣の革を真っ黒に染めた硬革鎧の一式。

騎士の全身鎧にも劣らぬ防御力を持つ、という噂がある。


珍しく兜をかぶり、首元は厚手のマフラーのように革を巻いている。


「厳重だな。苦しくないのか」と聞けば


「護衛をやってますとね、ああいう連中の手口はわかってきます。奴らが狙うのは、目、首、脇の下、指、手首の内側です。兵団の鎧は魔獣相手のものですからね、少し自分で工夫してるんでさ」


との血生臭い実戦経験に裏打ちされた答えが返ってきた。

この際は頼もしい、と思うことにしよう。


「武器も多いな」


普段は護衛のために大振りな剣だけを履いている印象の多いキリクだが、剣牙の兵団では斧槍兵だ。

なので、身長を超えるような長さの斧槍(ハルバード)を担いでいるのは理解できるのだが、加えて大ぶりの片手戦斧を2本、剣を1振り、さらに短剣を数本、肩と腰のベルトに差している。


「戦争でもできそうな格好だな」


「なあに。斧ってやつは狭いとこで殺り合う時は便利でしてね。相手の剣ごと叩き折って、割れるんでさ。護衛だと出番はありませんが、洞窟内で怪物共と殺り合うのには重宝しますぜ」


などと猛獣のような笑顔で犬歯を見せつけてくる。

とりあえず”何を割る”のかは、聞くと後悔しそうなのでやめておいた。


「サラは普通だな」


弓兵のサラは、俺の格好と大差がない。

ただ、弓の感覚が鈍るとかで手の保護は最低限の薄い手袋に留めているらしい。


「あたしは敵がいっぱい来たらケンジを連れて逃げるんだし。ケンジも追っかけられたら剣を捨てて逃げるのよ?」


と、積極的に逃げるよう勧めてくる。

たしかに、意地を張って怪我をしてもつまらない場面ではある。


サラの笑顔で、少し肩の力が抜けた気がした。


「じゃあ、行きますぜ」


キリクの合図で、襲撃作戦が始まる。

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