第686話 完全な計画の不本意な言われよう
翌日は丸一日を休日とした。
朝食の時からキリクとゴルゴゴは二日酔い、サラはなぜか寝不足のようで欠伸を繰り返し、仕事になりそうになかったからだ。
仕事にも一区切りついたことだし、休みを設けるのも悪くない。
「とはいえ、やることもないしなあ」
なにしろ、この世界では庶民が楽しめる娯楽が少ない。
正確には、俺が楽しめる娯楽が、という意味だが。
「あの・・・すると今日は仕事はないのでしょうか?」
今日も屋敷に詰めている赤黒茶の3人組の子供が心配そうに聞いてくる。
そうか。こいつらは日払いだから1日休めば食えなくなる。
少し配慮が足りなかった。
「そうだな。こちらから伝えることはないが、何か知らせが来ることがあるかもしれない。その時のための屋敷に控えておいてくれ。当然、報酬も払う」
と伝えると、あからさまにホッとした様子を見せた。
ふと思いついて尋ねてみる。
「そういえば、教会で子供達はどんなことをして遊んでるんだ?」
以前、教会を訪ねた時に子供達が遊んでいる様子は見たのだが、よくルールがわからなかったのだ。
「お、オレたちは子供じゃないんで、遊んだりせんです!」
黒髪の、確かコロとかいう少年がムキになって答えた。
微妙に少年のプライドを刺激してしまったらしい。
「もちろん、そうだろう。年下の弟たちや妹たちが、どんな遊びをしているのかと思ってな」
「ええと、うーん。妹はよくわかんねえけど、木登りとか、穴掘りとか、虫捕りとか、棒投げとか」
小さな口からでてくる遊びの種類は、元の世界の子供と変わらない。
「うちの妹達は、人形とかお手玉とかしてます」
茶色い髪の子供が付け加える。
「なるほどなあ」
環境が似ていれば、同じような遊びが発達するものなのか。
民俗学的には面白いお題だが、大人が遊ぶには少し足りない。
「どおりで、的当てに夢中になるわけだ」
靴工房で拠点防衛力の向上とストレス解消、レクリエーションのために導入した杖投器(スタッフスリング)を用いた的当てゲームは、職人達の間で大人から子供まで爆発的に流行した。
道具の使用、厳密な時間制限や点数制などのルール化された体感型のゲームが庶民にとって新鮮だったのだろう。
この村でも、同じゲームを流行らすべきだろうか。
少しの時間検討して、却下する。
領地の防衛力向上のために村全体の武力を上げるというのは悪くないアイディアに見える。
だが、この村では元からの村人と出稼ぎ農民達の間に感情的な隔意と対立がある。
それを放置したままで武力だけを上げるのは、紛争の元となる。
杖投器による投石は魔狼のように動きの速い怪物に効果は薄いし、そもそも最近は冒険者達の活躍で領地の周囲から怪物は駆逐されつつある。
「村の子供達と遊ぶことはあるか?」
大人達に隔意があっても、子供達は違うということはよくある。
だが、3人組からの返答は良いものではなかった。
「うーん、ぜんぜん遊ばねえから、わかんねえ、いえ、わかんないです」
「だよな、なんかあいつら、暗いっていうか」
なるほど。
子供の世界からして、対立の構造があるわけか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・というわけで子供の遊び場として公園を作ろうと思う」
「公園?」
夕食の席で相談すると、公園という聞きなれない概念に、全員が不思議そうな顔をした。
「つまり広場だな。そこに遊具を設置して、子供達が遊ぶための専用の場所を作る」
追加の説明をすると、パペリーノが手をあげた。
「広場ではいけないのですか。一応、領主の屋敷の前がそうした場所になっていますが」
「いや、屋敷前はもう場所がないだろう。ハーブと豆に加えて鶏小屋も建てたわけだし」
答えつつサラを見ると、力強く頷くのが見えた。
あの庭には手を触れさせない、という強い意思を感じる。
「そもそも、なんでそんなもんを作るんですかね。子供(ガキ)なんて放っとけば、そこらで遊んでるでしょうに」
キリクの答えは別に薄情というわけではない。
それが普通の認識というものだろう。
「一応、目的は3つある」
指を3本あげながら午後一杯をかけて考えてきた目的を説明する。
「一つ目は、農作業の効率をあげるためだ。農作業のできない子供達を一箇所に集めて遊ばせておけば、親たちは安心して農作業ができる。目を離した隙に柵の隙間から村の外に出たり、河に落ちたりといった事故の心配なく働けるはずだ」
「そうね。小さい子って、本当に危ないことするのよね」
サラが同意する。
「二つ目は、雇用対策だ。子供たちの面倒見る仕事を、出稼ぎ農民の女性達に仕事としてやってもらう。給与はこちらで出す。将来的には、この領地では製粉業を興すことになるし、港を通じた人の出入りも多くなる。働き手も今よりも多く必要になるだろう。そうした際に、心配なく働きに出るため、小さな子どもが安心して遊ばせる場所があることには意味がある」
「ええと、要するに人さらいとか、そういうのを気にしてるわけですかい」
治安をあずかる者として、キリクが犯罪の可能性を示唆する。
「そうだな。それと製粉工場ができたら女性にも働いてもらうかもしれない」
元の世界では食品工場で働いている人は女性が多かったイメージがある。
賃金の関係もあるのだろうが、衛生観念などをきちんと教育すれば女性の方が規則をしっかりと守ってくれる印象がある。
そういう理由で、将来的には女性にも働いてもらいたいのだ。
「三つ目は、従来からいる村人と出稼ぎ農民の間の溝を埋めるためだ。子供同士が仲良くなれば親同士もなどと理想主義を言うつもりはないが、顔を合わせているうちに話をしたりする機会も増えるだろう。互いが顔見知りになれば、深刻な紛争は起きにくくなる。将来的には、子供同士が顔見知りであることが村に良い影響を与えるはずだ」
「そうですね。従来は教会の集会が村人をとりまとめる機能を果たすべきですが、今はそうしたことができていません。子供は全て神の子です。尊い事業だと思います」
パペリーノは聖職者としての観点から、賛成してくれるようだ。
俺としては経済的な観点と統治の将来像を勘案してのことなので、そこまで言われると面映い。
「まあ、そういうことなら暇を見つけて作るわい。どんなものを作るかの考えは、もうあるんじゃろ?」
ゴルゴゴが胸を叩いて請け合う。
広場を用意し、多少の遊具を設置すれば公園としての機能はできあがるわけで、小さな投資だ。
ときどきおやつでも出してやれば、子供たちを集めることは容易だろう。
集まってくる子供たちを見れば栄養状態を把握することもできるし、子供がいるのに遊びに来ない家をチェックすることで、家族の状況を把握するアラートにもなる。
完璧な計画だ。
「それにしても、ケンジって本当に理屈っぽいわよね。子供たちのことが心配なんでしょ?」
「ちがいねえ」
「まったくです」
だというのに、不本意な言われ方をする。
まったく、困ったものだ。
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