第665話 また悪い顔をしてる
パペリーノだけでなく、サラやキリクにも、これから話す内容は理解しておいてもらう必要がある。
何しろ、領地の方向を大きく左右する話だ。
ゴルゴゴについては、まあ諦めた。
「この政策を進めると、教会には幾つも利益がある。もちろん、農民や冒険者にもだが」
「内容について、お聞きしてもよろしいでしょうか」
パペリーノの質問に小さく頷く。彼が報告しようとしまいと、どうせニコロ司祭あたりは自力で気がつくだろう。
ならば誤解を招かぬよう、こちらから詳細に説明した方がいい。
「一番の利点は、教会の倉庫の豆が現金化できるようになるということだ。教会のように大きな組織が抱えている豆の量は相当なものだ。その一部が現金化できるようになると、教会の現金資産が増える」
現金資産という言い方が難しかったのだろうか。「要するに良い豆は金貨になる」と言い換えると、サラも「ああ」と理解した顔になる。
「ですが、それを全て買い取れるだけの財力を持つ大商人などいないのでは」
パペリーノは数字に強いが、やや想像力に欠ける面がある。
それは、実務に強いという長所の裏返しでもある。
パペリーノからすると、豆が現金になって、それでどうするのだ、商人も豆を買ったり出来ないだろう、というわけだ。
パペリーノの言うように、教会の持つ豆を一斉に現金に変えたりすると相場が下がって大変なことになる。
「実際に買い取る必要はないんだ。現金に変えることができる、という信用の上積みという事実があれば実務レベルでは資金を借りることができるようになる」
だから、実物を売買するのではなく、信用を買うことに使うのだ。
「教会が資金を必要としているとは思えませんが」
教会は金持ちだが、その資金は無限ではない。教会という組織を運営するのに費用はかかるし、現金の出入りもある。教会の一番の資産は、その信用であり、信用がある限り、資金を貸し出す大商人はいる。
「この街に枢機卿とニコロ司祭が来たのは何のためだった?教会の信用をベースにして貴族に資金を貸すのさ。商人が貴族に貸したところで踏み倒される可能性もあるが、教会の借金を踏み倒すのは不可能だからな。そうだろう?」
「なるほど」と頷いて、パペリーノが実例を補足する。「どこの国に逃げても、百年かかっても返済してもらうことになるでしょうね。実際、そのような例もあります」
教会の恐ろしげな面を耳にして、キリクなどは「マジかよ」などと、顔色を悪くした。
「まとめると、豆を現金化できるようになれば大商人から見た教会の信用度があがり、教会は大商人から金を借りて貴族に金を貸せるようになる。つまり、座っていても利息という資金を得ることができるようになる。もちろん、今でもやってるだろうが、それを大きくできるわけだ」
だから新規事業と言うよりは、教会の既存事業の拡大の支援、というわけだ。
「この籠が、そんな大層なことになるんかいの」などと、ゴルゴゴは理解したのかしていないのか、ヘチマをからからと回しながらヒゲを弄った。
「貴族は現在、開墾に資金を必要としていますからね。貸出先には困らないでしょう」
「でも、それだと農家の人の税金が重くなるでしょう?」
パペリーノが教会と貴族の関係について楽観的な味方を示す一方で、サラは農民のことを気にした。
貸出には利息がつく。その利息は、誰かが負担する必要が出てくる。
それは、大抵の場合は底辺の農民に増税という形で降り掛かってくるのだ。
「そこで、豆の栽培が生きてくる」
もちろん、農民の負担を増やすことは本意ではない。むしろ、その逆だ。
「豆もきちんと大粒のものをつくれば現金になる。農家の庭先で食べるだけでなく、税として認められるようになれば、小麦の栽培には適さない土地の徴税額もあがる。もちろん、粒の小さなものは従来通り、家で食べればいい。重要なのは、良いモノをつくれば暮らしが楽になる、という道筋を作ることだ」
市場を整備して、農民にも現金収入を得る方法を作る。
教会が仲介することで、搾取や買い叩きを防ぐ仕組みも合わせて整備してもらう。
「でも、大きな豆だけをつくるとかって、できるの?」
分別された豆の端から、大きな豆の山を掴んで開いてみせる。
「この大きな豆を植えればいい。大きな豆を植えて、できた豆からまた大きな豆を植える。それで、大きな豆が綺麗にできる、と思う。そして、大きな豆は教会の方では高く買取るようになる」
「それは・・・そうなるでしょうね」
そう。原理的にそうなるはずなのだ。
というのも、豆を現金作物と認め、それに応じた信用枠を作り出すことで、一番の利益を得るのは教会だからだ。
安く買い叩いてしまっては、教会の利益が小さくなる。
すると、貧しい農民の味方をすることで、教会は利益を得る、という図式が成立する。
マッチポンプもいいところだが、それで農民の生活が向上するのならば、それでいい。
貴族は開拓に資金を回せるようになるし、開拓地を拓く冒険者の利益にもなる。
「やっぱりよくわかんない。だけど、ケンジにはどんな得があるの?」
「もちろん、大いに得になるさ」
豆が現金になるのであれば、大きな豆は今から確実に値上がりする。
インサイダー情報ありの先物取り引きというわけだ。
規制する方法などないのだから、ある種やりたい放題ではある。
「まあ、あまり目をつけられない程度にやるさ」とうそぶいた耳に「また悪い顔をしてる」という声が聞こえたような気がしたが、難聴系ラノベ主人公のように聞こえないふりをした。
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