第661話 豆を分ける

「種となる豆の手配自体は難しくありません」とパペリーノは言う。


「教会を通じて要請すれば、どこかしらの領地から融通してもらえるでしょう」


「たしかにな」


代官としてニコロ司祭の領地を発展、今のところはどんなに取り繕っても復興という水準の話をしているわけだが、

教会の支援を当てに出来るというのは有り難いことだ。


「具体的に配布するとなると、いろいろと考えることがあるな」


代官であれば方針だけ示してあとは任せるのがいいのだろうが、ここにいる人数だけで回そうと思えば最大限に知恵を絞る必要がある。


「例えば、豆の品質だな。よくはわからないが、撒いた豆が全部発芽するわけじゃないんだろう?目的をきちんと説明して、ニコロ司祭の後押しがあることを強調しないと、割れた豆や虫食いの豆なんかの屑豆を送りつけてくる可能性もある」


以前、別の村で教会へ納めるために貯蔵された小麦は、あまり分別されていなかった記憶がある。


「たしか、小麦の分別をする道具を依頼していたおったなあ。あんな感じでわけられんのか」


経営云々にはまるで興味はないが、技術の出番となると目を輝かせるのがゴルゴゴだ。

言われてみれば、小麦の分別も豆も分別も原理は同じ気がする。


「たしかに、スライムの核を分けているのと変わらないかもなあ」


靴工房に協力している工房では、薬品処理されたスライムの核をサイズ別に分類する工程があり、設備の製作にはゴルゴゴも関わった。

設備というと大げさな印象を与えるが、仕組みとしては、小さな穴が幾つか空けられた傾いた樋(とい)だ。


穴の大きさは小さなものから段々と大きくなっており、樋の上からスライムの核を転がすと小さな核から順に下に落ちていき、下の籠に受け止められる。


豆はスライムの核のように円形ではないから、傾けた板に載せて下に落としていく。その途中に、小さな穴のある板、あるいは大きな目で編んだ籠のようなものを底に敷いて、小さなものから下に落ちていくようにする。


そうすれば屑豆が先に落ち、最後にしっかりとした豆が残るわけか。


「意外とできそうだな」


小麦を分類しようと思えば粉が飛び散ったりするわけで、豆を分類する道具を作る方が簡単かもしれない。

領地に来て以来、無聊をかこっていたゴルゴゴには、ちょうど良い仕事だ。


「本来は揺する部分に水車の力を使いたいが、そこのデカいのにやらせてもいいじゃろ」


水車動力の代わりとして、デカいの呼ばわりされたキリクは、うんざりとした表情をみせた。


「いえ、ちょっとお待ち下さい。今のお話を聞いていると、ずいぶんと簡単に作れるように仰ってますが」


慌てて声をかけてきたパペリーノの質問を、ゴルゴゴに確認する。


「どのくらいかかりそうだ?」


ゴルゴゴは技術者らしく慎重に見積もってみせた。


「そうだのう。まず試作に2日。屋敷で使う程度のものなら5日。工房を構えるようなものであれば2月、といったところだの。作りを考えるなら、一定のリズムで揺する機構と、選別したい豆の穴の大きさを決めるのに時間がかかるじゃろう。小さければ人間が揺すれば良いし、豆の大きさは、適当な手編みの籠を幾つか適当に試せば良いのが見つかるじゃろう」


「早いな」


それに、発想がいい。

とりあえず原理を確認できる試作機を作りつつ改良点を探し、産業用の設備を制作する。


靴工房の治具製造、印刷機械の改良、そして製粉所を計画する際の専門家達との交流が確かな経験となり、ゴルゴゴの成長を促しているのだろうか。


言われたことを愚直に実践する職人でもなく、個別の技術要素を発想する発明家でもない、近代的な手順や方法論を身につけ要件策定から実装までを一貫して構想することのできる、エンジニアという人種に、ゴルゴゴはなりつつあるのかもしれない。


別の世界の知識で底上げされている俺などよりも、自力でそこまでたどり着いたゴルゴゴの方が自覚や自重のない分、よほどの危険人物ではないか。

この破格の男を教会権力の干渉から守り、かつ生きられるよう、どう段取ればよいのか。


それは、ある意味で、この世界で駆け出し冒険者の生きられる場所をつくること以上の難題なのかもしれなかった。

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