第639話 教会の子供たち

張り紙の内容が気になったので教会へ向かう、とサラとキリクに告げる。

村長の財産とやらは教会の方で現金化してくれるであろうから内訳については気にならないが、あの青々と整備された畑の状態は気になる。


「もし、あれが教会の人がやってくれていたのだったら、あの土地の管理を俺たちがやらないとならないかもしれない」


「えー?あんなに広い土地をあたしたちだけで?絶対ムリよ。ケンジ、畑を耕したことないでしょ?」


「そりゃあ、ないが。サラだって、あんなに広い農地を耕したことはないだろう?キリクはどうだ?」


問われて、キリクは首を左右に振った。


「兵団の連中には元農民の連中はいるかもしれませんがねえ。もう一度耕したいと思っているかどうか」


「せっかく一流クランに入団できたのに、今さら畑を引っ掻いて暮らしたくない、ぐらいは言うかもな」


農民が食い詰めた挙句に冒険者になるという流れはあるし、冒険者の多くは村に戻って安定した農民の暮らしを送りたいと思うものだが、剣牙の兵団のように一流クランまで昇り詰めると、また事情が違う。


何しろ、農民をやっているよりは遥かに実入りがいい。

まして国中に評判の響き渡っている剣牙の兵団の団員ともなれば、名声もあれば社会的評価もある。

何より、女にモテる。


「まあ、戻りたがる奴はいないでしょうな」


というのがキリクの見立てだ。


となると、あの畑を村内で切り分けるのか?財産の分割となると、また揉めそうだ。

面倒事の予感に眉をしかめたくなる。


歩けば歩くほど問題が見えてくる。

まるで、問題の方からこちらに寄ってくるようだ。


「きっと問題も解決されたがってるのよ。ケンジができるから寄ってくるのよ!」


などとサラは慰めてくれるが、別の人に寄っていって欲しいものだ。

例えば、ニコロ司祭とかに。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


村の教会に近づくと、ありふれた、しかしこの村では奇妙に映る光景を目にすることとなった。


大勢の子供たちが、輪になって遊んでいるのだ。

ざっと数えると10人以上もいる。


教会で託児所でも始めたのだろうか。


だが、子供たちの遊んでいる光景を微笑ましいと眺めていられたのは少しの間だけで、こちらに気がつくと同時に、バタバタと慌てたような足音と悲鳴を上げて教会の中へと逃げ込んで行ってしまった。


「ずいぶんと、好かれてますな」


「言うなよ」


キリクが気を使って軽口を叩いてくれるが、それよりも気になることがある。


「ずいぶんと人数が多かったな。それに、あまり栄養状態が良いようには見えなかった」


この領地に赴任してきて、始めて目にする子供達である。

1人2人であれば目の錯覚ということもあるが、集団の全員が痩せているように見えるのなら、それは何かの背景がある。


あらためて教会に向かうと、入り口でこちらに頭を下げる初老の司祭の姿があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「こちらへどうぞ」


通されたのは、司祭の私室とおぼしき執務用の机、書類棚、椅子が2脚あるだけの質素な一室である。


「代官様には、幾つかご説明が入用かと思いまして」


椅子に座ると、初老の司祭が切り出した。


とりあえず、事情は説明してくれるらしい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あの者達には、行き場がないのです」


「あの者達とは、妙な言い方だな」


あの子達、ではないのか。


「母親たちは、教会の奥で子供たちの世話をしております」


「父親は?」


「畑を耕しております」


「では、問題ないではないか」


行き場がないとはどういうことか。


「あの者達は、この村の者ではないのです」


司祭の端的な回答は、我々を困惑させるばかりだった。

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