第582話 一人で考えない
腹をすかせた駆け出し連中を、どうやって助けるか。
今の俺なら駆け出し連中の全員を雇用することだってできる。
あるいは補助金のようなものを出すか。
「ケンジ!」
それで装備を購入できれば、今の状況を打開できる。
単に金を渡しても、取り上げられたり強盗に遭ったら意味がない。
だが、直接武器を渡したところで本人が弱ければ取り上げられてお終いなのは同時だ。
どうするか。
「ケンジ、ねえ、ケンジ!!」
気がつけば、サラが下から俺の顔を覗き込んでいた。
「なんだ、サラ」
「ケンジ、また一人で悩んでたでしょ?」
「そう見えたか?」
「だって、さっきから呼んでるのに全然、返事しなかったじゃない」
言われてみれば、少し背中が痛い。背を丸めて考え込んでいたせいだ。
「下を向いて考えてても、いい考えなんて浮かばないでしょ?ケンジは椅子に反りかえって、偉そうに構えてる時の方が、いいこと言うんだから!」
反り返った覚えはないが、確かに視野が狭くなっていた。
今回のミスは、そもそも自分の視野が狭かったことで起きたことなのに、自分で視野を狭くしたまま考えを進めれば別のミスを犯すに決まっている。
ミスはミスとして、新しい解決手段を考えるときまで、暗く下を向いている必要はない。
「そうだな。茶を淹れてくれるか。とりあえず、何を考えているか話すよ」
知らず知らずのうちに固く組んでいた腕をほどき、何とか笑顔を向けると、サラも笑顔を見せてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず茶を淹れてもらい、ゴルゴゴが作ってくれた白墨と黒板を前にして考えをまとめる。
今度は一人でなく、サラとキリクにも同席してもらう。
「あのね、まずケンジが何に悩んでるか知りたいの。とにかく、一人で考えるのは良くないでしょ?」
サラに言われて問題点を平易に説明しようとすると、それが存外に骨が折れることに気がついた。
「難しいな。説明が難しい」
とりあえず素直に言ってみる。難しいから説明しないこと、よりはマシなはずだ。
「どこが難しいの?」
「そうだな。目に見える問題の奥には、いろいろな問題が複雑に絡んでる。例えば、小麦の出来が悪い時には、いろいろな理由が考えられるだろう?太陽が足りない、水が少ない、麦の病気、害虫、寒さ。どれが原因か、あるいは全部か。どうやって直していったらいいか、問題が多くてすぐにはどうしたらいいかわからない。何か、いい手があるとは思うんだが」
「でも、小麦のことなら毎日、畑を見ていればわかるでしょ?あたしは毎日畑を見てたし、そうしたら理由ぐらいわかったわよ」
「たしかに。サラの言うとおりだ」
毎日、見ていればわかる。見ていないからわからない。
言われてみれば当たり前のことだが、それができていなかった、ということだ。
駆け出し冒険者達の境遇に気付くのが遅れたのは、工房の事務所と教会を往復し、机上で冒険者の待遇を改善したつもりになっていたからだ。
忙しさにかまけて冒険者ギルドに足を運ぶことを怠り、駆け出し冒険者たちと直接、接さなくなったからだ。
まったく、冒険者のための事業、が聞いて呆れる。
いろいろと考えることも重要だが、まずは現実を見ることから立て直す必要がある。
「とりあえず、駆け出し連中の話を聞いてみないとな。あの3人組に紹介してもらうか」
冒険者ギルドにいた駆け出しとしては、3人組よりも痩せて年若い連中も目についた。
何が起きているのか、とにかく話を聞いてみなければ。
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