第581話 文化の壁

工房に戻り、まっすぐ事務所に頭から突っ込んでの資料を片端からひっくり返しだした俺に、サラが声をかけてくる。


「ケンジ、どうしたの?」


「少し、気になることがあってな・・・ああ、これか」


事務机に高く積み上げられた冊子の山から、どうにか引っ張り出した羊皮紙の束をサラが肩越しに覗き込み、眉をしかめる。


「少し前に冒険者ギルドに出してる報告書ね。何かあったの?」


「ああ、実は・・・」


と、冒険者ギルドでの出来事をサラに説明した。

特に鍋を背負った3人組の少年たちの話になると、サラはまずホッとし、次に哀しそうな様子を見せた。


「あの子たち、元気だったのね。でも、ケンジの話だとあんまり良くはないみたいね」


「そうだな。無事だが稼げているとはいえない。だが、おかしいんだ」


「なにが?」


「貴族様や教会が土地の開発を積極的に進めているのは知っているだろう?だから怪物を退治したり土地を開拓するための冒険者の賃金は上がってるはずなんだ。実際、剣牙の兵団は景気がいいしな。冒険者向けの守護の靴だって売上は増え続けている。冒険者ギルドでの依頼の相場だって上がってる。記録は取っているから間違いない」


「それで、なにがおかしいの?」


「よくわからないが、もう少し駆け出し冒険者達の暮らしは良くなっているはずだ。報告書の数字だと、そうなっている。だが、実際にはあまり良くなっているように見えなかった。駆け出し3人だけの話だから、全体がどうなっているかは、何とも言えないが」


すると、そこへキリクが口を挟んできた。


「小団長、そりゃ無理ないですよ」


「なにがだ?」


「冒険者ってのは、腕っ節で生きている連中です。学がなくても口が上手くなくても、腕が良ければいい思いができます。腕っ節がなければ取り分は減ります。あの小僧達は、怪物相手に命をかけて体を張ってないですから、取り分が減るのは仕方ないです」


つまり前にいる連中が偉くて、後ろで地味なことをしている連中は偉くない、ということだ。

そんな考え方をしていては、組織的に動くことなど出来ない。


「だが、実際にはいい働きをしてるじゃないか。温かい飯を用意し、宿営地の枝を払い、巣穴の前に積む枝を持ってきた。十分な働きだ」


「だけど、命を張ってません。こればっかりは理屈じゃないんですよ。怪物相手に体を張って、命を張るやつが一番偉い。後ろに隠れている奴は、その次。体がデカイ奴が尊敬されて、小さい奴は舐められる。ベテランが尊重されて、若いと軽く見られる。そういうもんです」


「バカな理屈だ」


「そうですがね、冒険者ってのはそういう馬鹿(やつら)ですよ」


キリクの話を聞いているうちに、構造が見えてきた。


これは、俺が構造を変えようとしてきた社会構造の問題ではない。

冒険者自身の文化の問題だ。

社会的なハズレ者の冒険者たち自身が、そのまた弱者の駆け出し連中を圧迫している、というやり切れない構造だ。


原因と理由については、想像がつく。

冒険者が無学な連中の集まりであり、地味な働きを評価するための視野を獲得する教育をうけていないからだ。


もちろん、全員がそういう奴ばかりじゃない。

年齢が若かろうと、体が小さかろうと、依頼をこなすための働きを見て、公平に評価できるリーダーの素質を持つ人間もいる。

だが、そういう人間はさっさと出世して中堅以上のクランを形成してしまう。


結果的に、3人組のような駆け出し連中が接するのは、地味だが依頼に必須の働きを評価ができないリーダーばかりとなり、報酬が正しく分配されず、少年たちはボロ皮をまとい、空きっ腹を抱える羽目になっている。


駆け出し冒険者の中でも冒険者達自身が作り出した階層があることを意識していなかった、俺のミスだ。

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