第579話 粥と焚き火の話
「今は食えているのか?」
「は、はい。ええと、食えてはいます。毎度、腹いっぱいというわけにはいかないですが」
本当だろうか。
鍋を背負っていた少年を頭の先から足の先までざっと観察する。
髪はバサバサだが艶があり、頬もこけてはいない。
手足も痩せてはいるが、細くはない。
足元は皮のサンダルで汚れてはいるが、怪我はしていない。
総じて、駆け出し冒険者としては、かなり食えている部類、と言ってもいいだろう。
「武器を見せてもらえるか?」
「え、あ、はい」
ゴトリ、と卓に置かれたのは、片手で扱えるようになっている戦闘用の斧だ。
両手で扱う木こり斧よりは刃が薄く柄が短い作りで、片手で振り回しやすい。
その上、薪を割ったり木の皮を削ったりといったことにも使え戦闘だけでない局面でも幅広く役立つ。
「いい武器を選んだな」
「はい、選んでもらいました!」
剣は戦闘用の武器だが、使用する鉄も多く、戦闘のたびに曲がったり刃毀れを研ぎ直さなければ性能を発揮できない。
その点、片手斧であれば金のない駆け出し冒険者でも整備の手間が少なく使いやすい。
この武器を選んでやった冒険者は、よくわかっている冒険者なのだろう。
武器選び一つをとっても、この少年が年長の冒険者達と良い関係を築くことができていることが伺える。
他の2人が持っている武器も、大型の鉈と、短槍とナイフという、実利的なものだ。
鉈があれば下生えや藪を切り払うのに役立つ。ナイフがあれば獲物を解体することができる。
短槍なら、小柄な体格の不利を補って攻撃することができる。
よく考えている。
「最近受けた依頼は、どんな依頼だった?」
「はい、ええと近くの村からの依頼で、ゴブリンの巣をつぶして欲しいという依頼でした」
「大仕事だな。まさか単独で請けたわけじゃないだろう?」
ゴブリンの巣の掃討となれば、中堅に届く冒険者の依頼だ。
駆け出し3人にこなせる依頼じゃない。
「その・・・自分達は飯の係としてついていったんです。請けたのはもっと大手のクランです」
「うん。それで?何をしたかを、もう少し詳しく聞きたい」
下を向く必要はない。自分達にできること、できないことを客観的に把握できるのが長生きできる冒険者だ。
できない奴は、元の仲間のように引退する羽目になるし、運が悪ければ、できていても引退することになる。
その意味で、この少年たちは自分の分をわきまえているし、運もいい。
「ええと、自分達以外は3つのパーティーの合同で請けた依頼でした。この街から2日ぐらい距離で、歩いて向かいました。途中で野営するときは、俺達が飯を作りました。野営地はだいたい水場があるんで、小麦があると粥が作れるんです。少し干し肉と塩を入れると味もマシになりますし、火を囲んで話を聞いたりとかもできます」
同じ釜の飯を食う、という言葉があるが、同じ鍋で粥を食うと仲が良くなるのは冒険者も同じらしい。
固いパンと干し肉を別々にもそもそと齧るよりは、暖かい焚き火の回りで温かい飯を食うほうが遥かにマシだ。
複数のパーティーによる共同依頼ということだから、仲間意識やチームワークの向上にも役立っただろう。
「粥だけは、作るのが得意なんです。何十回も作ってますから」
この時ばかりは、鍋の少年は少しだけ、その薄い胸を張ってみせた。
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