第577話 印刷業の本当の敵

「どう答える?ケンジ」


印刷業の意義を全否定するかのようなスイベリーの答えに俺がどう答えるのか。

ジルボアが机の上で手を組んで、こちらを愉快そうに見つめる。

俺がどう反応するか、楽しんでいるのだろう。

相変わらず、人を試すのが好きな奴だ。


「いや、いい話を聞けた。ありがたい」


「・・・そうか?」


意外そうにスイベリーが問い返してくる。

スイベリーとしても、何らかの反論を引き出そうとして、敢えて強い言葉を使ったに違いない。

事前にジルボアに何か言われていたのかもしれない。

残念ながら、それは肩透かしに終わるわけだが。


「本当だ。参考になった」


印刷業の意義がわからない、所詮は代書屋だろう、という率直な意見は、俺が印刷業について何となく言葉にできなかったビジョンの隙間を埋めるための気付きとなってくれた。


聖職者や新人官吏達は、やはりこの世界では知的階級に属するのだ。

だから印刷業の意義も理解できるし、賛成もしくは反対の立場を取る。


だが、世の中の人間の大多数はスイベリーと同じ意見だろう。

すなわち「それがいったい何の役に立つのか?」という層だ。


賛成でも反対でもない。無関心こそが事業の最大の敵なのだ、と。


これは教会を相手にした時に主張するべき、重要な軸だ。


まだ事情が飲み込めない様子の護衛(キリク)に声をかける。


「次の行き先は冒険者ギルドだ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


冒険者ギルドに正面入口から入ると、どうしても周囲の冒険者からの注目を浴びる。

そして、駆け出し冒険者達がこちらを見て、いろいろと噂をする。

最近は噂の程度がどんどんと大きくなってきているが、それも仕方ない。


面映いことではあるが、冒険者を引退して数年で代官まで成り上がった俺は、剣の力量で王国中に勇名を轟かせるジルボアとは、また違ったベクトルの成功者なのだ。

だから下を向いたりはしないし、自信なさげな振る舞いもしない。

ただ胸を張って、ゆっくりと周囲を見渡す。


駆け出し冒険者という連中は、見ればすぐにわかる。

まず、若い。農村から出てきたばかりの10代の若者がほとんどだ。

栄養状態も良くないので手足も細く、子供と言っても良いような年齢の連中が多い。


それから、武器だ。剣を持っている連中は少数だ。

大体は、村から持ち出してきた木こり斧か狩りの槍、または鉈。木を削っただけの棍棒の者もいる。

防具は粗末な皮を貫頭衣のように被り、表面に木片を縫い付けていることもある。

盾を持っているものは少数で、木の棒を立て代わりに持つのがせいぜい。


そして、足元は木靴かサンダルを履いている。


それが駆け出し冒険者だ。


そうして観察していると、駆け出し冒険者の中に奇妙なグループを見つけた。

駆け出し冒険者のわりに肌の色つやが良く、栄養がいきわたっている様子で、大きな鍋を背負っている3人組だ。


そういえば、サラが何か言っていたことがあったような。

ちょうどいい。


「そこの鍋を背負った3人組、ちょっと話を聞きたい」


「は、はい!!」


声をかけると、駆け出し3人組は、可哀想なぐらい硬直した。

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