第568話 奇跡の作り手

ミケリーノ助祭の話の流れを確認するため、こちらから質問を投げかける。


「奇跡と言うと、魔術のことですか?」


聖職者の中には治癒に関わる魔術を使用できる者が多い。

今では冒険者も費用を払えば教会で治療してもらうことができるし、ケンジ自身も高度な魔術で足を治療してもらったことがある。

ひょっとすると、高位聖職者には非常に高度な治療術が使える、という条件が必要なのかもしれない。


だが、ミケリーノ助祭の答えは、少し方向が違っていた。


「そうですね。魔術の一種と言えるかもしれませんが・・・ケンジさん、あなたは教会の魔術については、どのぐらいご存知ですか?」


「お恥ずかしいことですが、ほとんど知りません」


冒険者をしていた頃は治療の魔術について知りたいと思っていたが、そのための縁故(コネ)も学ぶための資金もなかった。

冒険者を辞めた今は、縁故も資金もあるが、学ぶための時間と動機がない。


今の仕事は靴工房の経営者として、また代官として起こり続ける問題に対処するため走り回る毎日であり、魔術のように複雑な一つの技能を修得するという贅沢な時間を取る暇がない。

今なら、治療が必要ならば金を払って教会の誰かにやってもらう方が効率がいい。


ミケリーノ助祭は特に気を害した様子もなく、説明を続けた。


「奇跡については色々と教会の定義があるのですが、一般的に奇跡とは、既存の魔術では実現できない何か、を成すことを指します」


「既存の魔術・・・」


「そうです。新しい魔術を開発することも含まれますが、聖職者として特別な何か、を成すことが求められるのです」


「ですが、そんなに奇跡というのは都合よく起きるものでしょうか」


奇跡というのは滅多に起きないから奇跡なのであり、高位の聖職者が全て奇跡を起こしたことのある人材である、という説明は説得力が低いように感じる。


「そこは、まあそうですね。実際に奇跡が置きたと証明するのは困難です。奇跡が起きるのは一瞬のこともありますし、目撃者がほとんどいないこともあります」


ああ、なるほど。そういう話か。


「つまり、目撃者を作ることが奇跡の認定には必要不可欠、という話になるのですね。そして、それが広く拡散されるためには印刷されると、もっといい。その上、挿絵が中心で無学な平民たちにも内容が理解できれば、それは大きな力になる、と」


聖職者の奇跡認定とは要するに、聖職者に相応しいだけの奇跡が起こせるという評判を得るための世論操作のことを指す、ということだ。

そのように理解すれば、印刷業が奇跡認定の世論操作にどれだけの効果を発揮できるのか、教会が目をつける理由がわかろうというものだ。


発想としては、団長(ジルボア)の英雄譚を出版することと一緒だ。

英雄には英雄譚がつきものであるのと同じく、高位の聖職者には奇跡譚が必要であり、それは印刷された冊子が行き渡ることで大きく育つ。


そうなれば、出世を目論む高位聖職者にとっての印刷業の意味がハッキリと見えてくる。


「印刷業をおさえることは、教会の高位者の出世を左右することになる。そういうことですか?」


「ええ。教会の政治から距離を置きたいケンジさんには残念なことですが、そういうことです」


静かな言葉で説明するミケリーノ助祭とは反対に、俺は内心で頭を抱えていた。

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