第528話 カラカラと鳴る木札の音
説明家の終了後、改善アイディアが書かれた木札を持って靴工房に戻ることにする。
新人官吏達もついて来ようとしたが、さすがに今日は帰宅するよう命令した。
2日間の専門家達を集めた説明会を終えたところで、全員に疲れが見える。
考えてみれば、説明会の準備、説明家の最中も専門家達の議論の進行、改善アイディアの記入など、2日間ずっと緊張し通しだったのだ。
この上、アイディアの整理をさせるのは疲労のせいで効率が悪い。
それに、少しばかり一人で考える時間が欲しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
改善のアイディアは全て木札に書かれている。
木札の1つ1つは小さくとも、20枚もまとめると結構嵩張るものだ。
使用されていない木札も含めると、30枚以上となる。
それでどのように運んでいるかというと、これは木札が結構よく出来ていて、壁にかけるための小さな穴が上の方にあけてある。
そこに紐を通し、一括りにまとめて運ぶわけだ。
「けっこう、いい音がするわね」
サラが言うように、この運搬方法の問題は、歩いて運ぶと木札と木札が擦れあって、カラカラと楽器のような音がすることだ。
夕暮れ時ということもあり、何かの見世物か食べ物の売り子か、と振り返る街の人達の視線が痛い。
なかには面白がってついて来る子供もいる。
「結構、似合ってるわよ」
そんな様子を眺めて、サラが楽しそうに笑う。
「良ければ、代わってやるぞ」
「いやよ、あたしはワインで手一杯だもの」
ワインが入った箱を両手で抱きしめて運びながら、サラは反駁する。
ニコロ司祭が教会に差し入れてくれたワインが余ったので、参加者全員に配っておいたのだ。
専門家達と教会に配ってもまだ余ったので、新人官吏たちでも分配に与ることができた。
そのうちの1本が、サラの手の中にある。
「あとはチーズか何かがあるといいんだけど・・・」
「ナッツならあるだろ。事務所の帳簿の棚に隠してるやつ」
「なんで知ってるの!?」
「もう少しうまく隠しとけ。あと頑丈な箱に入れておかないと、鼠に齧られるぞ」
ナッツを棚の裏に隠すとか、リスか何かなのか。
「だって、隠しとかないとケンジが食べちゃうじゃない」
サラが口を尖らせて文句を言う。
考え事をしている時に、口寂しくてついサラのナッツを全部食べてしまったことがあり、それは後で同量を買って返したのだが、未だに根に持っているようなのだ。
冷蔵庫のプリンを食べられたような衝撃なのだろうか。
この話題が続くのはマズイ。なので、別の話題に切り替える。
「今の時間なら、工房の食事にありつけるかもな」
とたんに、隣を歩いていたサラの足が急ぎ足になる。
「食べ損なったら大変!急いで帰らないと!」
革通りでは熱源が遅くまで使えるので、晩も温かい食事を取ることができる。
ただ、あまり遅くなるとスープの残りを工房の奥さん達が持って帰ってしまう。
すると、待っているのは冷たい堅パンの食事だ。
温かい茶で流し込めば腹が膨れないわけではないが、何となく侘びしくなる代物なのだ。
足早に工房への道を急げば、自然と身体の上下動が多くなる。
背に括り付けた木札のカラカラと立てる音が一際高く、夕暮れの街の石畳に響いて跳ねた。
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