第519話 専門と専門の間

ニコロ司祭が出ていき、専門家達もある程度は落ち着いたところで議論を始めてもらう。

最初は、先日の会議の共有からだ。


「さて。それでは、グループ内で専門領域についての説明と共有をお願いします。先日の説明内容を繰り返しても良いですし、議論を深めても構いません。次の改善提案につながる糸口を掴めるよう、互いの専門知識について理解を深めてください」


始めるように合図をすると、各班についている新人官吏達が「それでは、互いの名前と専門領域の紹介から・・・」と議論をリードする声が聞こえてくる。

小集団で専門の異なる集団との改善を目的とした議論というしろものは、ほとんどの専門家にとって初めての経験であるから、時間の使い方や一人が喋りすぎたり、議論がただの批判にならないよう、全体をリードする役割の人間が不可欠であろう、ということで新人官吏達を配置したのだが、滑り出しとしては上手く機能しているようだ。


自分は各班の間を歩き、ちょっとした質問に答えたり全体の状況を確認するのが役割だ。

少しばかり苦戦している新人官吏もいるが、それもいい経験だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


休憩は新人官吏達の判断で、適宜入れるように言っている。

人間の集中力はそれほど長く続くものではないし、初めての参加者たちにはそのあたりの呼吸がないだろうから、適当に休ませるのも運営の仕事だ。


最初の休憩を取ると、専門家達も「やれやれ」と少しホッとした表情で外の空気を吸ったり、茶を淹れてもらったりと各自がリラックスしだす。

そうしている専門家達のところに挨拶をしながら近づいて、所感を聞いてみるのも大事な仕事だ。


「どうでしょう?慣れない形式でお疲れではありませんか?」


のびをしつつ肩を回していた専門家の1人に話しかけると、苦笑いが返ってきた。


「なんというか、頭が疲れますなあ。それと、自分はよくもまあ事故も起こさずに工事をやってこれたと、恐ろしく思っていたところです」


「というと?」


「自分は土木の専門家として、土台を均したり削ったりしていてわけですが、上モノについてはサッパリだったわけです。そりゃあ、どのくらいの重さのものが載るとか、そういうのは別ですよ。ただ、どういう原理で何に使うものだとか、どこが動いてどこが動かないだとか、人や物がどこを通るとか、そういう知識はないままで、言われるままにやってきたわけです。今は、そうした自分の無知の皮が目から剥がれていく思いがしますよ」


「それは、お仲間の専門家達も、そうなんでしょうか?」


「でしょうなあ。土木なんてのは線を引いて農民に土と石を運ばせる仕事だと思われることも多いですから」


実際、単純な構造物を作るだけであれば、水平さえ取れていれば土と石を固めるだけで話は済むのだろう。

だが、今回の事業で建設しようとしている製粉工場は、多数の水車、歯車、石臼などの重量物で精密な部品が稼働する特殊な建築物であり、土台は本当にしっかりしていないと、大変ことになる。


「何しろ、身が引き締まりますよ」


「そう言ってもらえると、助かります」


専門家にとっても、他分野の専門家と議論することで、事業全体で自分の仕事がどのような意味を持つのか、また、どういった点を工夫すると後の工程の専門家が楽になるのか、といった視座を得られる機会は貴重なものらしい。


「帰ったら仲間に教えてやりますよ」


専門家の笑顔に頷きつつ、閃くものがあった。

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