第511話 故郷の味

ここでチビチビとサラと麦酒をやりながら肉を食べていたいところだが、会合のホストとして役割を果たさないわけにはいかない。


「代官様、私は感激しましたよ!いやあ、面白い仕事になりそうだ!」


すっかり酔っているのか、赤ら顔をした男が隣にドカリと座わり、無遠慮に肩を組んでくる。

たしか、土木の技術者だったような。


「仰ってることの半分ぐらいしかわかりませんが、スゴイことだっていうのは、無学な自分でもわかりました!いやあ、楽しみ楽しみ!」


当たり前だが、息がすっかり酒臭い。

止めようとするサラを視線で制して、こちらも麦酒の杯を挙げて応じる。


「なあに、仕事が始まれば皆さんの腕が頼りです。期待させてもらいますよ」


「そりゃあ、任せといてもらいましょう!学はないが腕だけは自信がありますわい!」


麦酒が入ったままの杯を零さないよう、器用に胸を叩いてみせる。

一張羅の聖職者の衣装を汚さない程度には、理性が残っているようだ。


「しっかり肉も食べてくださいよ。幾らでもありますからね」


「そう!この豚は美味い!それにソースも最高だ!代官様の勢いを感じますなあ!」


俺としては肉だけでなく野菜がもう少し欲しいところだが、宴席の中心料理は肉だ、と言って準備した者達が譲らなかったので仕方ない。


怪物の脅威が高いこの世界では、放牧が難しいので肉は基本的に高給品である。


宴席の料理として肉料理を大量に出すことで、財力と権威を示すことになる。

料理の内容がショボいと専門家達も、こちらの支払い能力に疑問を感じて仕事を断ってくるかもしれない。

専門家達の信用が料理で買えると思えば安いものだ。


「たしかに、鶏は美味いしな」


そういいつつ、串焼きの鶏肉をしごいて食べる。

これだけは、料理人に頼んで炭火で焼いてもらっている。

塩とハーブで食べると、少しだけ元の世界の焼き鳥の味がした。


教会が主催する宴席の場合、基本は鶏肉料理となる。

教会の敷地では大抵の場所で鶏を飼っていて、来客がある場合は潰して食べることになる。


都市部の教会であれば区画を定めて豚を飼っているところもあり、金を出せば豚肉も食べられる。

農村に近い教会では、野兎や野鳥が代わりに供されることもある。

牛や馬は大切な労働力なので、口に入ることは滅多にない。


穀物の供給が限られる農村や衛生が問題になる都市部では、家畜を飼うのは貴族や教会の許可が必要になる。

許可とは、すなわち税のことであるから、庶民が肉を食べる機会はさらに限られる。


「この豚の肝臓のパテは、麦酒に合いますなあ!」


「いやいや、この鶏の腿肉のよく太っていること!さすが教会は違いますな」


「よく焼けた白いパンにオリーブ油で溶いたパテをタップリと塗って、麦酒で流し込む。おまけに新鮮な玉ねぎを載せれば、これに勝るものはありませんな!」


酒呑みたちの声が聞こえてくる。

ベーコンやソーセージも用意されており、俺はそちらの方が味に馴染みがあって好みなのだが、保存食という性質もあって食べ飽きているのか、参加者たちの人気は肝臓のパテと白いパンに集中しているように思える。


サラは夢中になって、ハーブで味付けされたソースを器用にフォークで絡めて、よく焼けた鶏肉を食べている。


「あたしは鶏の方がいいかな。農村で獲ってた鳥を思い出すの。あの頃は、お腹が空いたら鳥を射って食べてた。こっそり焚き火をおこして食べるの、美味しかったなあ」


そんなことを言うものだから、少しだけしんみりしかけたのだが


「フォークを使ったほうが、ソースを絡めるのにはいいのよね」


などと、本人はケロッとした顔でフォークを動かして、忙しく皿の肉と口を往復させている。

最近、食べ方が上品になったと思っていたが、そんなところに理由があったらしい。

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