第493話 水車の話

続いて水車の技術者の説明になった。


クレイグとエイベルは、小さな箱と細長い管、それに桶を持ち込んでいた。


「我々は水車の技師です。これまで8つの領地で11基の水車を作ってきました。水車というのは結構厄介な代物で、正しく作り、正しく運用をしないと、効率が上がらないどころか、危険ですらあります。正しく作るためには、水車は場所、角度、重心という3つの点で正しくないといけません」


これまで作った水車が11基ということは、ここで10基を作るというのが、どれほどの大仕事であるのか。

専門家としてクレイグとエイベルが熱を入れるのも、ある意味で当然だろう。


「1つ目は、水車は正しく平らな土地に作る必要がある、ということです。水車を回すのに適した水量も必要です。2つ目は、水面に対して真っ直ぐな角度で作る必要があるということです。そうでなければ効率が著しく落ちるものです。少しでも傾いていると、水車の軸のすり減り方に偏りが出て傷みが早くなります。2つ目は、水車は正しい円である必要があり、その中心の重心が正しくないといけません。水車の木材は生き物ですから、正しい形に作っても重心がズレていることがあります。そのあたりを調整できるよう作るのも、腕の見せどころです」


工学、ものづくりの肝は正確性であることがわかる説明である。


「水車の軸と軸受けは、材料と技術に精度が必要になります。防水に優れた木材を使うことになりますが、軸受側は油をきちんと毎日さすことができるのであれば、金属を使用することもあります。

 水車というのは残酷なもので、うまくできたかどうかは、回してみればすぐにわかります。下手な水車は、回したときの音が煩いのです。それはもう、ギイギイと酷い音を建てます。我々は、水車の歯ぎしりと呼んでいますね。歯ぎしりが聞こえると、水車技術者は大騒ぎです。大きな音がするということは、どこかに誤りがあるということなのです」


水車の歯ぎしり、という言葉に幾人かの専門家が苦笑する。

彼らも過去の工事で似たような音を聞いたことがあったのだろう。


「さて、水車についてですが、こんなものを用意してみました」


エイベルが箱から取り出したのは、長めの軸がついた小さな水車だった。


「片手に乗るぐらいの大きさですが、少し皆さんに水車について実演したいと思います」


軸を持って、水車を横倒しにしてみせる。


「水車は、このあたりでは水面に対して縦になる形が主流ですが、書物によれば、南の方では横向きの水車というものあるそうです。悪くない形ですが、設置の場所が限られる上に地面を掘り込む必要があるので、今回は除外しました」


横向きの水車。そういうものもあるのか。


「そして、縦型にしましても、幾つかの方法があります。それを、今からお見せします」


エイベルがクレイグに合図をすると、桶と管を組み合わせて流しそうめんの台のようなものを組み立て始めた。

不格好だが、ある種の実験装置だ。


「代官様の許可をいただきまして、我々は水車小屋の模型を制作しています。その際、どういう形で水車を並べるのがいいか、と試行錯誤しているうちに面白いことがわかったのです」


模型を作るようにとは言ったが、実験装置まで作るとは。

エイベルとクレイグの意気込みと知性を、すこしばかり甘く見ていたのかもしれない。


今や、居並ぶ専門家達はクレイグの説明を固唾を飲んで見つめていた。

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