第492話 延長戦
測量士であるバンドルフィの話は続く。
「まあ、言ってみれば我々は歩くのが商売なわけです。正確な歩幅で真っ直ぐ歩く。測量点までついたら、まっすぐ戻ってくる。行きと帰りでも測りますね。人には利き足というのがありまして、知らず知らずのうちに、右か左に曲がっていってしまうので、それを避けるためでもあります」
流石に三角測量まではしていないか。
彼らが測量する場所は、怪物がいつ出るとも知れない村と森の狭間(はざま)だ。
遠くまで見渡せるような場所を計測する機会がないので、その種の技法が発達しなかったのだろう。
それであれば、彼らが持っている三角の板は一体何に使うのだろうか。
その心を読んだのではないだろうが、彼らは三角の板を取り出すと説明を続けた。
「畑の広さを測る時に必要なのは、この三角の板の集まりです。領地の畑は、あまり正確な形をしておりません。土地や権利の関係で、複雑な形をしております。そこで、どの程度の税が取れるのか、複雑な形の畑の広さを測る必要があるわけです。ご想像の通り、あまり好かれない仕事です」
バンドルフィの冗談に、小さな笑いが起きる。
「それで、我々は畑を三角形の集まりとみるのです。外側の形を縄と歩測で測ることで全体の形が出せます。その中身を三角形を組み合わせて測ることができます。これらの三角形の広さはわかっていますから、実際の大きさの何倍あるかで本当の広さを出せます」
要するに、比例とパズルだ、と直感する。
サインやコサインを計算で出すのでなく、多角形を三角形の分割パズルとして計測する方向に、この世界の測量士の技術は進んだのだ。
誰が考えたのか知らないが、確かに実践的な手法だ。
「なかなか賢いやり方だ」
思わず口に出すと、バンドルフィは嬉しそうな表情を見せた。
「代官様、わかりますか」
「ああ。だが、それは測量士の秘術に近いものではないのか。話してもらうのはありがたいが、良かったのか」
「なあに、聞いただけでできれば苦労はしませんよ。正しく歩くのに私は3年かかりました。この三角形で広さを測る方法も、数を数えるだけでなく組み合わせを覚えるのに大分苦労しました。むしろ、すぐに真似できる人間がいるのなら私はその人を雇いますよ」
俺の懸念を、バンドルフィは自分の身につけた技量に自信を持つ専門家らしく笑い飛ばした。
「さて、何か質問のある方は?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まだ測量の専門家が説明しただけであったのに、質疑を含めると相当の時間が経過していた。
他の専門家達からも多くの質問があり、その回答に時間がかかったからだ。
「代官様、予定の時間を過ぎそうですが」
「そうだな」
進行管理を担当しているクラウディオが、時間の逼迫を囁いてくる。
「延ばすか。教会は明日も使用できるのか」
「交渉してみます。おそらく可能だとは思います」
「あとは参加者の都合か。そういえばニコロ司祭は」
「帰られました。また折を見て来る、と」
ニコロ司祭も忙しい人なのだから、当然だろう。
そもそも、先程まで顔を見せていたのがおかしいのだ。
「基本は、延ばす方向で行く。参加者の知識と連携の底上げは、工事の円滑化に必ず役に立つ。ここで1日延ばすことは、工事全体の日程を5日は短縮してくれるだろう」
俺の決断を、クラウディオも支持するようだった。
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