第三十章 専門家の知識共有を支援します

第491話 測量士の話

先に領地を視察してきた、との意見は他の専門家の興味を惹いたようだ。

領地への道は比較的安全だとはいえ、冒険者などの護衛を雇って移動する必要がある。

プロ意識の高さの顕れともいえるし、この工事にかなり入れ込んでいる証拠でもある。


「我々は測量士ではありませんから正確なことは言えませんが、何度も水車を設置してきました。その経験からすると、今回の領地は水車を1基設置する小屋としては十分な幅と長さがあると見ました。ただ、3連、4連の水車を設置するとなると、川岸を直線に埋め立てるか、いくつかの場所で川底を掘りかえす必要があるかもしれません」


「なるほど」


その程度であれば、こちらも元から想定済だ。

製粉業の拠点として整備するためには、水運の整備として艀(はしけ)も同時に工事する必要がある。

川岸の工事や川底の浚渫は、その意味で必須の工事とも言える。


「それでしたら、私の方で幾つか場所のあてがあります」


手を上げて発言したのは、測量士のバンドルフィだ。


「実は私も領地の方に、先日、行ってまいりまして・・・」


お前もか。


周囲の専門家達の目の色が変わったように見える。

1人の行動だけなら変わり者の行動だが、2人の専門家が同じ行動を取ったのならば、それだけ彼らのプロ意識を刺激する何かが、この計画にはある、ということだった。


「領地の少し上流に、良い場所を見つけました。まあ、その少しばかり占有者がいたのですが」


占有者という言い方をしたが、怪物ではないだろう。

隠し畑か。


「土地は平らで周囲の木々を伐採すれば、十分に使い物になると見ました。詳細は私の番に発表させていただきますがね」


測量の専門家と水車の専門家が議論を始めたおかげで、俺の最初の小難しい挨拶は、自分達には十分に理解できないが何だかスゴイことだったらしい、と参加者たちは受け止めてくれたように見える。


俺はこっそりと安堵のため息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「では、最初に測量士がいったい何をしているのか、皆さんに紹介致します」


先程までの議論の流れで、測量士のバンドルフィが説明を始めた。

同僚らしき男が、無数の三角形の板と人間の身長程の棒、それと縄を持って立っている。


「我々、測量士の仕事は地図を作ること、と思われています。結果としてはそうなりますが、仕事内容としては大きく2つに分かれています。1つは領地の線を引くことであり、もう1つは畑の広さを測ることです。領地の線を引く際には、この棒と縄を主に使います。これで距離を測れます。まあ、ものすごく長い距離を測る場合には、歩測といって足で歩くことで代用することがあります。我々測量士は、そのための正確に距離を測る歩き方、というものの訓練を受けています。もちろん、一回で決めるということはなくて、何回か歩いて、その真中ぐらいの距離で決めるのですが。これは縄を用いる場合も同じです。そうして距離を測ります」


ほほう・・・という声にならない賛辞が専門家たちから上がる。


歩く、といっても彼らが歩くのは平らな地面ではない。上りもあれば下りもある。足元も藪であればいい方で、林であったり小川もあったりするだろう。

そうした不整地を一定の歩幅で歩き続けることができる訓練を積んでいるという、専門家として素人には真似のできない技量を備えているという確かな証明であった。

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