第468話 代官の代理
「こ、これは失礼します」
猫背の痩身の男の方が、位が上のようだ。
慌てたように、俺の右手を握る。
続いて、背の低い方の髭の男とも握手をする。
「教会に派遣されて参りました。私はエイベル、こちらがクレイグです」
猫背の男が代表して挨拶をするようだ。
「エイベルさんが設計者、クレイグさんが施行を担当されている、そんな分担でいらっしゃいますか」
俺が確認すると、2人は目を見開いた。
「はい。事前にお話があったのでしょうか?」
「いえ。お二人の手を握ったときに、それぞれ特徴があったものですから。勘のようなものです」
エイベルの細い手には、特徴的なペンだこが、クレイグの節くれだった手は爪の潰れた跡や傷が感じられた。
体を使う職業が多いこの世界では、職業の特徴は手に出る。
歴戦の冒険者であれば、体の使い方などで得意な武器や戦い方までわかる、とスイベリーなどは言っていたが、俺にはそこまでは無理だ。
あとは、専門化が進む建築の世界では、設計者と施行者はそれぞれ別にいることが自然である、という認識があったこともある。
「教会の方から派遣されてきたということですが、ニコロ司祭様から、どの程度のお話を聞いていらっしゃいますか」
話をする前に、相手の知識を確かめる。
教会から派遣されてきた人間と話す時は、非常に重要なことだ。
ニコロ司祭は自分の頭脳の基準で相手の行動を測る癖があり、普通の人間が部下をやるのはなかなかつらそうだ。
優秀な人間、相手の意図を察することができる人間ばかりが集まった組織の中ならばそれで良いが、現場には普通の人間や察することが苦手な人間も多い。
「ええと、そうですね。教会の投資で水車を作る、という話を聞いています。何でも、新しいやり方を考えていらっしゃるとか」
「なるほど、わかりました」
ニコロ司祭に、説明を丸投げされたことは理解できた。
ここで自分で説明をしてもいいが、せっかくの機会なので新人官吏の育成にも使いたい。
「クラウディオ、説明できるか?」
傍らに控えているクラウディオに説明を任せてみる。
ニコロ司祭に向けて報告書などを書いているわけだから、この世界の人向けに噛み砕いた説明をできるかもしれない。
この世界の常識を踏まえているという点で、クラウディオの方が説明役として適格なのではないか、という意識もある。
何しろ「新しいやり方」と言われても、俺には前提となるこの世界の知識が欠けているので、自分のやり方のどこがどう新しいのか説明ができない。
「はい。紹介に預かりましたクラウディオと申します。教会から派遣されて代官様の元で官吏として働かせて頂いております。その意味では、お2人と同じ立場と言っても良いかもしれません」
なかなか上手い説明の始め方だ。
最初に、相手と自分の共通点を挙げて安心させ、話を聞く姿勢を作ってもらうことから始めている。
事務所に来たばかりのクラウディオは、教会の人間としてのエリート意識が高く人の話を素直に聞くことはもちろん、自分の話を聞いてもらうための振る舞いをすることなど考えもしなかっただろう。
クラウディオも教会がら派遣されてきた優秀な人材というだけあって成長が早い。
この調子で成長してくれるなら、代官の代理に据えても大丈夫かもしれない。
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