第461話 夕陽のアトリエ

人喰巨人が運び出されて、男爵様による場所を移しての議論が始まると、お役御免となったのかジルボアがこちらに歩いてきた。


「なかなか刺激の強い見世物だったじゃないか。あの絡繰りを知っていたのか」


いや、知っていて黙っていたのだ。

ジルボアのやりそうなことだ。


「まあ、そうだな。なにしろ遠征の間中、あの怪物と何日も一緒にいたわけだからな。最初の内は眠ったまま糞尿を撒き散らすので臭いで参ったな」


「それは・・・」


「ここでお披露目するために、屋敷の使用人を随分とこき使ったそうだ。人喰巨人を洗う羽目になった者には同情する」


その運のない使用人には、心底同情する。

男爵様の仕事に協力するのは構わないが、そんな仕事を押し付けられたくはないものだ。


「それで、剣牙の兵団として今回の遠征に価値はあったのか?ずいぶんと金がかかっているはずだが」


剣牙の兵団のような一流クランの団長自らが出陣し、団員も多く出したのだ。

装備の消耗だけでも相当なものだろう。


「なに、元は取れている。心配するな。男爵様は財産家でおられるから金払いも良いし、怪物を生きたまま捕らえるための方法や手段について、多くの発見があった。耳の早い商家からは、既に幾つか依頼が来ているよ」


ジルボアが囁いた。


「確かに、耳が早いな。早すぎる・・・情報を売ったな?」


可能性としては、門衛や男爵家の使用人から漏れることもあり得る。

だが、普通に漏れたにしては、依頼という金銭に変わるのが早すぎる。

おそらくは、確かな筋から、怪物を確実に生きたまま捕らえる方法がある、という情報が齎されたのだ。

それをすることで一番の利益を受けるのは剣牙の兵団であり、ジルボアだ。


「どうだろうな。だが、依頼された額はこれまでになく大きい。これでまた、冒険者には新しい種類の高額な依頼が増えた。そうじゃないか?」


ジルボアは指摘してみせた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


男爵を取り巻く貴族達の輪もだんだんと薄くなっていき、報告会の熱気は薄れてきた。

夕陽が傾きつつあるアトリエは、先程までの獣臭と喧騒が嘘のように静けさを取り戻しつつある。


落ち着いて見れば、アトリエにはゴブリンの解剖図や、人喰巨人の頭蓋骨、腕の骨などが幾つも置かれている。

材料が揃いつつある。落ち着いて研究を進めるのはこれからだろう。


人喰巨人の頭蓋骨を見ていると、これが魔物であるとは信じられない。

もし元の世界に置いてあって、人類の祖先や、類人猿の一種だと言われれば頷いてしまっただろう。

そのあたりの差異を指摘できるだけの知識は、俺にはない。


いつか、このアトリエから、それを分類し、指摘できるだけの人材が育っていくだろう。

怪物の脅威という迷妄に閉ざされたこの世界を切り開く人間が、きっと出てくる。

そう確信できる報告会だった。


「どうした、人喰巨人の牙が怖ろしいか」


「どうかな。生きているものは怖ろしいが、これはただの骨だ」


ジルボアの冗談に、視線を戻して聞いてみる。


「それで、これからどうするんだ」


「そうだな。男爵様の病気も、これでしばらくは治まるだろう。怪物を生きたまま捕獲できるのは、兵団(うち)だけのということになるからな。せいぜい稼がせてもらうさ」


ジルボアは、声を上げて笑った。

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