第460話 解剖
俄に静まり返った人々を前に、男爵は安心させるよう、両手を大きく振る。
「ですから、何も心配はありません!この怪物は、ゆっくりと死んでいっておるのです。決して生き返ることはない。そういうものです」
「しかし・・・仮に、その管を外すとどうなるのですか?」
1人の貴族が尋ねた。
「ふむ・・・外す?そうか・・・それは考えなかった」
「ええ、ええ。その管が外れたり、あるいは怪物の痛み止めが切れることもあるでしょう。そうしたら人喰巨人が目を覚まして動き回ることがあるのでは?」
「なるほど。その懸念は尤もですな」
男爵は頷くと、手を伸ばすや、ぐいっと怪物の首に繋がった管を引っ張ってみせた。
男爵の蛮行に思わず息を呑む観衆をよそに、管は怪物の首から外れるどころか、びくともしない。
「このように、管は首にしっかりと縫い付けております。それと確認はできませんが、どうも怪物と管が癒着しておるようですな。怪物が死んだ後で、調べてみるつもりですが」
「その・・・調べるとは?」
先程、管が外れるとどうなるのかを尋ねた貴族が、再び尋ねた。
周囲の観衆は全員が答えを知っていたが、同時に信じたくない気持ちもあって男爵の言葉を待った。
「なに、切り開いて調べるのですよ。生きたままですと、血が飛び散りますので、死んでからになりますがね」
男爵はあっけらかんと答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さすがに生きたまま解剖まではやらかさないか。
周囲の貴族達はドン引きしていたが、俺はホッと胸を撫で下ろしていた。
怪物と直接対峙することのない上流階級の人間達は、血や暴力と縁のない暮らしを送っている人間も多い。
特に、男爵が今回集めたような、知的な階級の人間達であれば、尚更だ。
彼らにとって、今回の見世物の、この先の光景は、いささか刺激が強すぎる。
「男爵様」
周囲の貴族達は、末席にいて、これまでずっと置物のように黙り続けていた男が、不意に声を上げたことに意表を突かれて振り向いた。
「男爵様。男爵様の業績、まことに比類なく、男爵様の知性が王国一であることは傍目にも明らかであることと存じます。ただ、私のように無学な者にとりましては、怪物の姿を直接に目にしておりますと、怖ろしさが先に立って、その中の発見をする心が萎えてしまいます。できましたら、男爵様のまとめられた見解を、改めて図や冊子などを通してご説明いただければと思うのですが。それに、冊子になりましたら、それを知人に勧めて男爵様の業績を広めるお手伝いもさせていただけるのではないかと思うのです」
なぜか周囲の貴族達が、平民に過ぎない俺の発言に一斉に頷き、それをジルボアが愉快そうな目で見ている。
俺としては、ここで男爵様の評判が落ちてもらっては困るのだ。
男爵様の知性と評判は、この王国で大きく評価されるべきであるし、この大地から怪物を駆逐するその日まで、男爵様には業績を上げ続けてもらわねばならない。
「ふむ。それも道理か。それでは実物からは少し離れて、今回の調査行で得た見解と仮説について議論させていただくことにしよう」
男爵が席を移ると、それを合図に団員達が棺に重い蓋を載せて、アトリエから運び出していく。
なんとはなしに、アトリエにいる観衆達からは、ホッと安心した雰囲気が流れたように思えた。
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