第452話 人喰い巨人の死体

人喰い巨人は、並の冒険者パーティーにとって中堅から上位に進めるか、それとも停滞を余儀なくされるかの試金石となる怪物である。

腕の力は人間の数倍はあり、振り回される棍棒は並の武器で下手な受け方をするとへし折れる。盾で受けても、それは同じだ。人間の攻撃を受けることを前提とした装備では、対抗できないわけだ。

ゴブリンのような怪物を相手にすることは、冒険者にとって狩りの延長だ。相手のねぐらを探し出し、弓矢や槍、剣で止めを刺す。相手の頭数が多い場合は工夫が必要になるが、1対1であれば遅れを取ることはない。

装備についても、人間や獣を相手にする道具の延長で戦うことができる。


ところが、人喰い巨人(オーガ)討伐から、その様相がまるで変わる。剣よりも大剣、槍ではなく斧槍、弓矢でなく弩と太矢のような、大きく威力の高い専用の装備と、それを使いこなすだけの技量、筋力、財力が必要となる。

狩りのための装備から、闘いのための装備へと一ランクも二ランクも向上させなければならない。


そうであるから、人喰い巨人討伐の依頼は賞金も高額になる。合わせて、冒険者の生活も人喰い巨人を倒せるようになってくるあたりから、俄然、楽になる。


それだけ冒険者にとっては強敵である人喰い巨人であったが、今は弩の太矢を体中から生やしたハリネズミのような様相で大地に横たわっていた。

さらに長柄の先に引っ掛け鈎や多数の棘を取り付けた多数の武器が怪物の背中や腕、足などを押さえ込む形で身動き一つとれないよう、姿勢を固定されている。


「どうですか?息はありますか?」


怪物の口元に恐れ気もなく近寄りしゃがみこんだ男爵の後ろで、剣の柄に手をかけたままでジルボアが問う。


「うむ・・・いや、死んでおるな。最後のひと暴れで力を使い果たしたらしいな。惜しいことをした」


中距離から弩で手足に鈎と縄のついた特別製の矢を射ち込んで行動を制限し、鈎と棘のついた長柄で人喰い巨人を生きたまま捕らえるという作戦は、途中まではうまくいっていた。


ところが、人喰い巨人を押さえ込んでいよいよ鉄製の手枷と鎖を取り付ける、という段階で狂ったように暴れだし、そのまま事切れてしまったのだ。


「狂暴化(バーサーク)と冒険者の間では呼んでいる現象ですね」


一部の怪物は、死の直前に信じられないような力を出すことがある。そうして暴れまわり、生命力が尽きると同時に死ぬ。冒険者の鉄則は、狂暴化を起こした個体には近寄るな、というものである。

依頼内容が駆除であれば、放っておけば死ぬのだから相手をして怪我でもしたら馬鹿馬鹿しい。

人里近い場合は監視だけはするが、基本は逃げの一手である。


「なるほど。しかし、これで2体目か。狂暴化という現象も目の前で見ると凄まじいな。おそらくは死の直前になると筋力や内臓を限界まで酷使するという、普段の枷のようなものが外れるのじゃろが。見ろ、この奥歯を。ヒビが入ったり、砕けたりしているものがある。凄まじい力じゃ」


死んだばかりの人喰い巨人の口を金属の棒でこじ開けて、革手袋をした手袋を口の中に突っ込んで血まみれの骨片を取り出すその様子に、百選練磨の兵団員達も閉口して顔をしかめるか、目を逸らす。


「はは!鉄の鎧に穴を穿つこともある人喰い巨人の牙が砕けるとは!これは凄い力ですね!」


ところが、ジルボアだけは顔を輝かせて、その血まみれの歯の欠片を覗き込む。

事切れた人喰い巨人の傍にしゃがみ込んで嬉しそうに語り合う2人を、兵団員達は薄気味悪そうに眺めていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「しかし、人喰い巨人の皮というのは意外に傷つきやすいものじゃな。戦っている最中は鉄の矢を跳ね返すが如き硬度を持っていたように見えたのじゃが、ほれ、この通り」


男爵が手持ちの特別製のナイフで人喰い巨人の皮膚を切ると、スッと抵抗なく入る。


「そうですね。革鎧に仕立てる者達もいるそうですが、それほど広まった様子もないですし、意外と硬度はないのかもしれません。魔法の力で強化されているのだ、などという説も聞きますが」


「そうじゃな。だがむしろ、儂はこの筋肉に秘密があると考える。皮膚が固くては動きがままならんからの。体中を覆う筋肉に力を入れることで戦い動くことと、攻撃に耐えることを両立しておるのではないかと思うな」


「なるほど、たしかにオーガの筋肉の腱は弓の良い材料として広く使われていますからね。それは納得できる話です」


ジルボアと男爵が人喰い巨人の特性について議論しているところへ、偵察に出ていた兵団員から報告があった。


「人喰い巨人の住処らしき場所を発見しました」


待ちに待った報告に、男爵の目がギラリと輝いた。

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