第438話 手紙の先は
「ええっと・・・柊の芽吹きを春に・・・夜の星月にかかる層雲の・・・なにこれ?」
ローラに見せられた羊皮紙の手紙の数は十通程度。
字は読める。単語も一部を除けば追うこともできる。
ただ、それに書かれた内容がサラにはよく理解できない代物だった。
「なにって、恋文じゃない。すごく情熱的な表現でしょう?」
ローラは顔を赤らめながら言うのだが、庶民のサラはイマイチその感性についていけなかった。
ケンジに言われて文字を書く勉強もしているのだけれど「あいつらは面倒くさい」とケンジが貴族の相手を苦手にしている気持ちも理解できる気がした。
「どうしようかな・・・ええっと、お互いをどんな風に呼んでたの?この柊のなんとか、ってのがあなたのこと?」
「なんとかじゃなくて、柊の黄金の蕾」
「ひいらぎのこがねのつぼみ」
ローラとしては、そこは譲れないところだったらしい。
強い口調で強調するので、復唱する。
「それで、ええと、相手の方は、そうなんとかの・・・」
「蒼剣の君」
「そうけんのきみ」
再度、復唱する。多少、棒読みになってしまったのは仕方ない。
いつも、こんな呼び方をしているだろうか。
貴族も、貴族を相手にするのもすごく大変そう。
気をとりなおして質問を続ける。
花売りの扮装に自信はあるが、いつ騒がれるかもわからない。
時間は貴重なのだ。
「お相手の官職はわかる?王都でどんな仕事をされているの?剣とかいうから、何か武官の方なの?」
「詳しくは知らないけれど、冒険者の事業を管理する部門にいらっしゃるらしいの。ご本人は子爵家の三男の方なんだけれども、剣の腕を買われて請われて入られたそうよ。私がケンジさんに依頼をしようと思ったのも、冒険者の間で評判の高い方だから、何かの伝手をお持ちじゃないかと思って・・・」
「ああ、そういことなのね」
なぜローラがケンジを頼ってきたのか、その理由が解けたように思った。
ケンジが相談に乗る相手は、大手のパーティーも増えている。
そういった人間の誰かが娼館にやって来て、それをローラが小耳に挟んだのだ。
「こちらの街に滞在されている間は、ずっと私のところにいらっしゃって贔屓にしていただいていたの。それで手紙もやり取りしていたのだけれど、急に連絡がとれなくなって、あたし、どうしたらいいかと・・・」
「そこよね。どうして急に連絡が途絶えたのかしら?お相手にお子さんのことは伝えてるの?」
「まさか!そんなのダメよ!」
「ダメなの?だけど、お子さんが出来たことは伝えたいんでしょう?」
「そうね、そう。だけど、あの方の立場を悪くするようなことは避けたいの」
「ふーん・・・」
要するに、相手に子供ができたことは知らせたい。
しかし、公にして相手の立場を悪くするような真似もしたくない。
気持ちはわかるけれども、依頼の難易度が一段、上がったような気もした。
ここは知恵の絞りどころだ。
とりあえず何だかよくわからない手紙の束を借りて行くことにした。
ローラは当初、貸出を渋ったのだが情報がなければ対策を考えることができない。
この長ったらしい文面を記憶したり写したりする手間も時間も惜しい。
その後、花籠に手紙の束を隠して裏口から堂々と出て行く事にサラは成功し、また少し潜入に関する自信を深めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます