第414話 貴族法に照らせば

「代官業務に詳しくはないんだが、この代官の統治方針は普通なのか」


一応、クラウディオと同道していた元貴族のロドルフに確かめる。


「普通ではありません」


ロドルフは端的に答え、説明を付け足した。


「そもそも代官の仕事は領地を保つことです。農地も農民も領主から預かった財産ですから、それを減らすような真似をすることは許されません」


「なるほど」


ロドルフの説明は俺にも理解しやすい。

代官は店を任された雇われ店長のようなもので、店のオーナーの財産、まあ農民を財産ということに抵抗はあるが、それらを損なうことは背任にあたる。


「法律的にはどうなんだ、クラウディオ」


ロドルフの言う背任は慣習にあたるもので、文言化されていない可能性もある。

代官の交代は頻繁に起こることではないので、財産の保全については貴族法に記載されていない可能性もある。


「そうですね。代官の地位は法律的には、貴族の家中の内政官などが遠隔地の領地を管理することを想定して記述されています。内政官というのは貴族の家臣で家族は領地に居住していることが普通ですから、積極的に領地を損なう行為をするとは考えられていないわけです」


「だが、例えば大商人が借金の代わりに徴税権を差し押さえることもあっただろう。その際には、同じような問題が発生したんじゃないか」


条文が制定された時とは違う想定で法律が運用されることはある。

その際には、付則や判例で運用面をカバーしているはずだ。


「条文を探してみないと確かなことは言えませんが、判例はあるはずです。言い方は良くないですが、確かに今回は報奨金の代わりに代官という地位が与えられたわけですからね。その意味では、前任の代官の行為は、代官様の財産権を損なっていることになりますね」


まあ、おそらくは代官を交代させられる腹いせに、最後の一稼ぎとばかりに苛政を行っているのだろうが、この手の火事場泥棒的なセコイ行為は全く気に入らない。

どうせ次の代官は平民相手だと思い、甘く見ているのだろう。

それに、これだけの状況が領地を譲る前、早期から把握されていることも、相手にとっては誤算のはずだ。


この情報を活かすための、何か良い手がないものか。


ふと、思いついたことがあったので、クラウディオに確認する。


「いや、自分は代官になることが約束されているが、未だ代官になったわけではない。そうじゃないか?」


俺が「未だ代官になっていない」ことを強調すると、クラウディオは、ハッと何かに気づいたように顔をあげた。


「なるほど・・・そうですね。まだ代官になったわけではありませんね」


「ああ。そしてクラウディオとパペリーノの2名は、事前に報奨金の査定を行ったわけだ」


「ええ。ニコロ司祭の命令ですね。それで領地まで赴いた」


「そうだ。一応、査定方式の研修のため、幾つかの知識を教わるため、この工房に来た。その教師が次期代官なのは、偶然だったな」


「ええ。実に。偶然とは、怖ろしいものです」


そうして俺とクラウディオが思わせぶりな会話を続けるのを、傍らのロドルフは気味悪そうに見ていた。

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