第404話 人材採用の基準
とりあえず、目の前の3人から話を聞いてみる。
「今、働いている工房の名前を聞いてもいいか?」
すると、3人志望者は言いにくそうに下を向いて黙っていたが、中の1人が意を決したように声をあげた。
「その・・・こちらで雇っていただけるんであれば工房を名乗るのは構わないんですが、親方には黙ってきているので、できれば聞かないでいただけると」
「なんだい、そりゃ」
呆れて声をあげると、その日は一緒に朝食を摂っていたシオンが耳打ちしてきた。
「代官様、靴工房の世界は厳しい徒弟制です。僕達のような3人目、4人目で工房を継げる見込みのなかった職人と違って、工房を継ぐような立場の職人の移籍は親方にとっても痛手です。多分、ここに来るのでも結構、大変だったんじゃないでしょうか。多分、結構いい腕してる職人だと思いますよ」
なるほど。これまで会社(うち)は、知り合いの靴工房からはみ出し者の職人をスカウトして集めてきたわけだが、有名になるに従って、元々腕のある連中が雇ってくれ、というようになってきたわけだ。
「事情はわかった。一旦、工房を聞くのはよそう。それで、なぜ会社(うち)で働きたいと思ったんだ」
まずは動機を聞いてみる。働く工房があって、この先に継げる未来があるなら、そちらで働いたほうがいいじゃないか。
「あの靴です!あの冒険者が履いている靴を見て、自分の腕でもっといい靴を作りたくなったんです!」
と1人の職人が言った。
「それに、ここの工房は枢機卿様の履いている靴を手掛けているとか。街の人の靴を作るのもいいんですが、高貴な人の靴、というのを作ってみたい!腕をもっと磨きたいんです!」
なるほど、そっちの評判もあったか。と今さらながらに確認する思いだった。
枢機卿の衣服を手がける工房は、普通なら何代もかけて貴族家に対する信頼を築いた一流工房の一流職人でなければならない。
実際、この街からは80年以上も、そうできるだけの工房と職人を輩出できなかったのだ。
俺はそう思わないが、高貴な人間が身に付ける特別な品を納品できるのは、職人としての腕も一流だと認められることだという考え方があるのは理解できる。
「俺達みたいな、普通の市民でも枢機卿様向けの靴が作れる工房は、ここしかないと思ったんです」
最後の1人が言った。
確かに、クワン工房のような一流工房は、まず採用されるのに2等街区以上の生まれでないと難しい。
顧客の多くが貴族家である以上、対応する人間に、その手のセンスが必要だからだ。
生まれや教育というのは哀しいもので、職人であっても一流になるために最後は絵心というか、貴族がどんなものを好むかという感覚的な素質が必要である。
教育機会の限られた3等街区の職人には、ステップアップするだけの良い物を観る機会がないわけだ。
彼らの言い分をまとめると、もっといいものを作りたい、だから会社(うち)に来たい、ということか。
職人としては大変結構な姿勢だ。腕は探究心に比例するから、きっと腕もいいのだろう。
だが、彼らを受け入れてしまっていいのだろうか。
今まで会社(うち)で採用していた人間とは明らかに異なる種類の人材である。
とはいえ、このまま逃すのも惜しい。
結局「まだ考えがまとまらないので、3日後に来るように」とだけ告げて、その朝は帰ってもらった。
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