第377話 ビジネス書の価値

俺が冒険者のために出した報告書が、実はビジネス書として王国や教会の上層部に広く読まれていた。

正確には、ビジネス書というより領地経営の指南書だろうか。


俺のような平民が目にする機会はなかったのだが、従来の統治に関する知識は、領主の仕事を息子が手伝うことで長年かけて伝えていくような、家業や徒弟制のような伝わり方をしていたのだろう。


その内容のまとめ方にしても、家訓や心得のような精神的なものが主だったものと想像する。


そんなレベルの文書を有難がっていたところに、収穫から計算する土地の価値や、道路や防衛線の長さから計算する土地保有のコストなどの数字に基づく計算方法と、王国の土地を成長させるための冒険者活用と成長率の試算、だのをグラフや表で視覚化して示したのだから、それが理解できる知識層にとって、衝撃は大きかったのかもしれない。


まして、それが冒険者ギルドの文官という、領地の経営や政治にとって何の脈絡もないところから出てきたものだから、異端の書呼ばわりされても仕方ないところだったろう。

幸いなことに、それは王国や教会の上層部にとって、非常に役立つ内容だった。

であるから、怪しげな出自は逆に神秘性を増した逸話となった。


それが、クラウディオ達から聞き出した内容を、俺なりにまとめた内容である。


「何とも、なあ・・・」


俺が溜息をついていると、パペリーノが目を輝かせて話しかけてきた。


「たしかに、代官様の教えは斬新な内容だと思ってはいました!つまり、我々が派遣されたのは、その天啓の書を体得するためだったのですね!納得です!」


「おい。その妙な呼び方はやめてくれ」


俺はすっかり苦りきって、興奮する聖職者達を留めた。

そうして、こっそりと片付いていない事務所の方に視線を移す。


あそこに報告書の写しがあると知ったら、こいつらはどんな反応をするんだろうか。


「念のために聞くが、その報告書の写しとやらを売ったとしたら、どのくらいの価値になるんだ?」


聖職者達は、なんと罰当たりなことを、という顔をしたが商人出身のリュックは、考える時の癖なのか、こめかみに指をあてて答えた。


「そうですね・・・報告書だけなら金貨10枚といったところでしょうか」


「金貨10枚!?」


思わず大声をあげたサラが、心配そうな顔をして事務所の方を見る。

こら、不審な動きをするな。落ち着け。

心の中で注意をしつつ、リュックに先を続けるよう促す。


「ええ。最低でも、ということです。ただ、内容はかなり難解だそうですから、それを教える学者も必要でしょう。学者の給金は、月に金貨1枚は必要になると思います」


「だって、金貨は大銀貨10枚で、大銀貨は銀貨10枚で、銀貨は大銅貨10枚で・・・」


とサラが指を折りながら数えている。

大銅貨数枚で1月を暮らしていた元冒険者の金銭感覚からすると、目の眩むような大金、ということだ。


「本を売って暮らすべきだったかな・・・」


と、益体もない繰り言が口から出てしまったのも仕方ない。

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