第371話 棒で突く少年

2年が経った。スイベリーは相変わらず小さかったが、木の枝に向かって突く練習を飽きずに続けてきた少年の腕は、子供だからと木の枝を振り回す遊びに加われない程に、上達していた。


一度、軽い気持ちで年上の少年に向かって突きを放ったところ、年上の少年が手に持っていた枝を突きで叩き折って、その上で喉を突き破ってしまうところだったのだ。危ういところで方向修正が間に合ったのと、枝を折った際に僅かに中心から逸れていたとことが幸いし、怪我をさせることはなかったものの、相手の少年はヘタリこんでしまった。


以降、スイベリーは村の少年たちの棒振り遊びに入れないでいる。


しかし、それはスイベリーには全く苦にならなかった。


もっと速く、もっと遠くから、もっと真っ直ぐに。


スイベリーは、いつものように剣の形をした木の棒を、木につけた印に向かい、飽くことなく突きを繰り返す。


両手で突く。右手で突く。左手で突く。正眼で突く。下段から突く。右半身で突く。左半身で突く。

遠間から飛び込んで突く。近間で剣を引きながら突く。


スイベリーは、剣を突くときの力が伝わる感覚が好きだった。

地面を踏みしめ、膝のバネから腰の回転に伝わり、背中から腕を鞭のように振る。

その力が、剣に生命を与え、切っ先という一点に伝えられる、その感覚。


全身の力を1点に集める独特の剣技は、騎士の技とはかけ離れていたし、基本力任せの傭兵の剣技とも違う異質の剣でもあったが、スイベリーは己の感覚のみを信じて練習を続けた。


小さな村にある小さな家の小さな庭で、熱心に剣を振る少年が、誰の指導も受けることなく、恐るべき技量を備えつつあった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「父さん、新しい棒が欲しいんだけど」


ある時期から、スイベリーは急激に背が伸び出した。

まだ数えで14歳だが、隊商の護衛をしていた父よりも高いほどだ。

相変わらず痩せ型ではあったものの、腕や足には鞭のような筋肉がみっしりとつき、農民とは思えない体格になっていた。


「おう、持っていけ」


父が手遊(てすさ)びに削った黒く硬い木の棒をスイベリーは使っている。

身長が伸びたことで、使っている木の棒の長さ重さも飛躍的に伸びている。


相変わらず、独特の突きの練習をスイベリーは繰り返している。

今では木の印から10歩は離れた位置から鋭く、恐るべき突きを繰り出せるようになっている。

背が伸び、手足の長さが伸びるに従って、その間合いはますます伸びている。


農作業の合間ではあるが、スイベリーの修行を家族は止めようとしない。

数年前に弟が生まれ、そちらに手がかかるということもあるが、同時期に村を襲ったゴブリンの群れをスイベリーが1人で木剣で返り討ちにしたことから、農村にとどまって畑を耕して暮らす人間でない、と村中に認知されるようになったからだ。



その時、村を襲ったゴブリンは5匹。

幸い、発見が早かったので村の若い衆がへっぴり腰で農具を振り回し、ゴブリン達と睨み合いになっているところに木剣だけを持ってスイベリーが現れた。


「おめえ、なにを・・・」


戸惑う村人を尻目に、するすると前に進み出た。ずん、と聞こえた音は踏み込んだ足の音だろうか。

村人に見えたのは、一歩踏み出すと同時に左手一本で半身になり、木剣でゴブリンの喉を一直線で突ききったスイベリーの姿。それだけで、ギャアギャアと騒がしかった怪物は無言で崩れ落ちた。

スイベリーは、それを五度繰り返した。

左手で、右手で、両手で、下段から。まるで稽古のように、まっすぐに突きを繰り出し、約束稽古のようにゴブリンは崩折れた。


「もう少し、大きい奴とやり合いたいな」


物足りなさそうに血のついた木剣を振って血を振り落とす少年に、村人達はかける声を失った。


以降、村人はスイベリーを遠巻きに、おそるおそる見やるようになった。


スイベリーは気にしない。

そんなことよりも、遠くから鋭く繰り返し突く、足元の力を剣先の一点に集中させる感覚を追うことに夢中だからだ。


最近は、剣の稽古は村の柵の外で行うようになった。

村の中で棒を振り回すと村人たちが怖がるようになってきていたし、剣の威力が上がりすぎて村の立木を傷めることになってきたからだ。


村の外の木であれば、稽古で傷をつけても文句を言うものはいない。

一心に突きを繰り返していると、後ろの藪から何かがこちらを見つめる気配を感じる。


「来たか」


その気配は囮であったろうか。横手の藪から、黒い獣が白い牙をギラリと光らせて飛びかかってくる。


「飛びかかるのは悪手だな」


呟くだけの余裕がある。空中の獣に向かい木剣を真っ直ぐに突く。

真っ直ぐに突かれた木剣は、魔狼の牙を砕きながら口中に入り、上顎と頭蓋骨、脳を飛び散らせる。


「それに、遅い」


素早く剣を引き戻し、地を這うように背後から駆けてくる別の魔狼を、上から真っ直ぐに突く。

突きは魔狼の頭蓋骨と脛骨つなぐ部位を突き破り、その巨体を地面に縫い付けた。


村の外で稽古をすれば、怪物が襲いかかってくる。

突き技の練習に集中しつつ、怪物の気配を掴む稽古と環境は、スイベリーの剣技をますます磨くことになった。


「畑仕事をサボってるんだ。少しは金になってもらわないとな」


解体など面倒くさいことはしない。

怪物の死骸はそのあたりに転がしておき、稽古が終われば引きずって村まで戻る。

すると父親が怪物を解体し、肉は焼き捨て、皮や牙の一部は加工されて雑貨屋に並ぶのだ。

皮は衣服や地面の敷物になるし、牙は鏃や釣り針、ボタンなどの材料になる。


「森がもう少し歩きやすかったら、ゴブリンの巣を探しだすんだがな」


村の外の森は人間の侵入を拒む原生林である。

陽光を十分に通さない森は暗く、下生えは多い。

練習場所の周囲だけは稽古がてら、スイベリーが木剣で切り払っているので、森のなかであってもぽっかりと明るくなっているが、ゴブリンの巣を探しだすのは1人では骨が折れる。


稽古が終わると、手近な枝に蔓を使って魔狼の死骸を結びつけ、それを引きずって村に歩き出す。

普通は、怪物が血の匂いを追ってこれないよう匂いを消したり足跡を消すのだが、スイベリーは頓着しない。

血の匂いを追って来るなら来い、稽古相手が増えるのは歓迎だ。

そう振る舞うだけの技量と余裕を、スイベリーは手に入れていた。

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