閑章 剣士のスイベリー

第370話 村の少年

ストックがだいぶありますので、しばらくは、7:00、12:00、19:00に更新します


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「あなた、いってらっしゃいませ」


妻の送る声に、夫であるスイベリーが答える。


「今度の遠征は少しだけ長くなるかもしれん。だが、7日間を超えることはないだろう」


スイベリーは、今では1等街区の大商人の館から出勤している。


それまで剣牙の兵団の副長として、団で借り上げた一棟で他の団員達と起居していた生活が、大商人の娘との結婚以来、すっかり変わってしまった。


城壁内で土地が限られているというのに、広い部屋、高い天上、埃一つなく磨かれた木材の床、油煙の染み一つない真っ白な漆喰。


結婚してまだ間もない若い妻は部屋にいろいろなモノを置きたがったが、スイベリーは自分の部屋は最低限の調度を揃えるのみにしていた。


歩けなくなれば、冒険者はお終いだ。

まだ、腹の肉をつまめるようになるには早い。


スイベリーにとって、理想の指揮官とはジルボアであり、彼に近づくために剣牙の兵団に所属しているのだ。

団長の恥になるような男になるわけにはいかない。


出立前には、剣帯にくくりつけた魔剣と、守護の靴の紐を締め直す。

魔剣は非常に高価なモノなので、部屋の長櫃に鍵をかけて保管して使用人は触らせない。手入れも自分でしている。


守護の靴は、一流の冒険者の証だ。最近は増産されているようだが、値段よりもその希少性でなかなか普通の冒険者までには回ってこない。

スイベリーは、その貴重な靴を3足も所有している。

もとから所有していた1足に加えて、剣牙の兵団には優先的に支給されるからだ。

さらに、1足は傷んで破棄されるものを補修して保管している。

靴底以外であれば、普通の靴屋でも補修は可能だからだ。

団内で新人に渡してもいいのだが、自分と同じだけの足サイズの人間がいない。


スイベリーは痩せ型だが背が高い。

体格の良い団員達が揃っている中でも、5本の指に入るほどだ。

ジルボアとくらべても、頭半分ほど高い。


ふと、靴紐を締めている自分の手を見つめる。

足サイズと同じく、大きな手の平と長い指。


今だに、慣れんな。


スイベリーは、己の幼い時分の記憶をふと、思い起こしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「やーい、ちびベリー、くやしかったらかかっていよ!」


「くっそーっ!えい!とりゃ!」


「おっと、へへっ、とどかないぞっと!」


木の枝を剣に見立て、振り回して遊ぶ少年たち。

型も技もないそれは遊びの域を出ない稚拙なものだったが、それだけに体格と、それを保証する年齢が決定的にものをいう遊びでもあった。


スイベリーは子供の頃は、背が高くなかった。痩せ型は変わらずだったが、幼少期の少年は上流階級でもなければ、みな痩せているものだ。


「いてっ!」


そして、また叩かれる。

自分の振る枝は相手にとどかず、相手の枝は自分に届く、その理不尽。

木の枝で、しょせんは子供の力とはいえ、何度も叩かれると応えてくる。


「くっそ!ちょっと休みだ!練習してくる!」


もしスイベリーに変わったところがあったとすれば、それは木の枝を振る行為に、意味を持たせようとしていたことだ。

他の少年達が、力まかせに振り回すのを見て、体格に劣る自分がどうしたら勝てるのか、それを習慣づけていたからかもしれない。


「父ちゃん、ちょっと練習する!」


そしてスイベリーの父は、かつて隊商で雇われる冒険者として身を立てていた。

今は、それも辞めて街に近い農村で雑貨を売って小さな畑を耕すことでスイベリーと家族を養っている。


父としては体格の小さなスイベリーが冒険者になることは反対であったが、怪物がいつ襲ってくるかもしれないこの世の中で、剣ぐらい使えるようになっておくにこしたことはない、という思いもあり、ときどき稽古をつけていた。

スイベリーは、父から隊商の護衛時代の話を聞くのが大好きだった。


「ねえねえ、父ちゃん、自分よりでかい奴と戦うにはどうしたらいいの?」


「うーん?なんだ、また負けたのか?」


「負けてない!作戦中!」


「そうかそうか」


ムッとする少年を笑いながら、その頭を乱暴にゴシゴシと撫でる。

その手は、指の先が数本欠けていた。

スイベリーの父が隊商の護衛を引退したのは、怪物との戦いで負傷し、指を失ったからだ。

無理をして続けることもできたが、武器を握るための指が欠けたことは、今後の人生を考える契機でもあった。


「そうだな。大きい相手か。大きい奴は、力持ちだ。大きい奴はだいたい強い。そんな奴にあったらどうするか。父ちゃんなら、一目散に逃げだすな」


「ええ!?逃げちゃうの?」


父の答えは、スイベリーを満足させるものではなかった。


「そう。逃げる。死んだらお終いだからな」


「でも、父ちゃんは馬車の護衛をしていたんでしょ?そしたら、逃げられないでしょ?」


「そうだな。そういうときもあった。そういうときは・・・」


「そういうときは?」


父の話に釣り込まれて、身をのりだす。


「弓を使う」


「ええっ!ズルい!」


「ズルくないさ。遠くにいるなら、大きい小さいは関係ない。むしろ、大きい奴はいい的だ」


「うーん・・・。そうだけどさあ、じゃあ、弓がないときは?」


「槍を使う」


「また?剣は?」


「剣は、あまり使わなかったな。まず、剣は高い。鋼をいっぱい使っているし、使ったら刃がかけるから研ぎに出さないといけない。砥ぎ代がまた、すごく高いんだ。それに、敵を斬るときに硬い骨にあたったり、引き抜くときに曲がったりすると大変だ。歪んだ剣は鞘にしまえなくなる。そうしたら打ちなおしだ。また金がかかる。だから、あんまり護衛で剣は使わなかったなあ」


「なんか、夢がないね」


「むしろ、短剣の方がよく使ったな。敵が押し寄せてきて本当に近い間合いになると、剣を振る場所なんてないからな。隣の味方に当たる可能性もある。ただ、短剣は本当に最後の手段だ。あんまり、それはやりたくないな」


「ふーん・・・。じゃあ、もし剣しかなかったとして、敵が自分より大きくて、逃げられかったら、どうするの?」


「まあ、仮にそんなことがあったとしたら、剣を槍や短剣の代わりにするな」


「どういうこと?」


その先を答えようとしたところ、父に母の雷が落ちた。


「ちょっと父ちゃん!雑貨の仕事をさぼって何してんの!隣のイワノフさんが、鎌を研いで欲しいって来てるわよ!」


スイベリーの母は、この村の出身だ。何度か隊商が村を通過するときに、父のほうが母に惚れて「冒険者を辞めるなら」という約束で結婚したのだ。

父は母の家に婿入りする形で畑を分けてもらい、隊商護衛時代のコネを使って雑貨屋兼何でも屋として村に自分の居場所を築いている。

隊商護衛時代は、基本的に自分の面倒は自分で見なければならなかったし、それは自分の武具についてもそうであった。なので、剣を研ぐなり革鎧を補修するなりの手先の技術は嫌でも身につけざるを得なかったのだ。


「まあ、そういうことだ。あとは自分で考えて頑張れ」


肩をすくめて、父は店に戻っていく。


とり残されたスイベリーは、まだ小さい頭で考える。


剣を槍の代わりにするって、どういうことだろう。

遠くまで届くように手を伸ばすってことなかな?


手を伸ばした形で、何度か木の枝を振っているうちに、枝を槍に見立てて突いてみることにした。

少し、遠くまで届いた気がした。


「でも、これは剣だから、もっと端を持って・・・」


端の方を持って突いてみる。


「ちょっと、グラグラするな。両手で持ってやってみるかな・・・」


木に適当な印をつけて、目印にする。

手を伸ばして、地面に線をつけて、ゆっくりと突いてみる。


「ここまではとどくかな。あとは、これを速くできれば・・・」


その日、スイベリーは日が沈むまで飽きることなく突きを繰り返した。

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