第360話 講評
最初の勢いはどこへやら。
クラウディオのチームは、すっかりしょげかえってしまった。
質疑応答の後は講評である。
彼らを叩くことが目的ではないので、言葉のかけ方は慎重に選ぶ必要がある。
「まずは、良かった点から評価したい。
今のチームは、3日間を通して議論する姿勢が良かった。まず仮説を立てて、それを検証することで調査を効率化しようという姿勢は仕事の効率化にも繋がる大事な考え方だ。
それに聖職者としての専門性、法律的な面に視点を向けたことも良かった。そもそも代官という地位にはどんな権能があり、どのように貴族法、教会法に規定されているか法律的な根拠があると、実際に領地に入った時も行動がしやすい。
それに、課題を出した人間である自分に意図を質問に来たことも良かった。言われたことをそのまま受け取るのでなく、一体、相手が何を考えているのか、立ち止まって考えられるというのは組織人として褒められる行動だ」
評価すべき点を並べていくと、チームの面々の目にも光が戻ってくる。
競争の激しい組織やOJTが中心の組織では、否定することから教育が始まることが普通なので、意外に思ったのだろう。
残念ながら、うちのような小世帯では、多数の人材を蹴落として這い上がってきた人間だけを掬い上げるような贅沢な選抜はできないので、手元にいる少数の人間を丁寧に短期間で育て上げる必要がある。
無闇に叱りつけて腐らせたり迷わせたりしている余裕はないのだ。
どんなに失敗した仕事であっても、良かった点や成功していた点というのは必ずある。
結果として失敗したからといって頭ごなしに否定してしまうと、以降、自分の言葉が届かなくなる。
まして、今回の教育はある程度は失敗する経験を積んでもらうことが目的の一つであるから、欠点だけを言い立てて行動を萎縮させては自主性のある官吏が育たない。
そういう方針の元、まずは良かった点から指摘することで、聞く姿勢を持ってもらったわけだ。
「次は、課題点だな。今はできていないが、次回からは改善してもらいたい点だ。
まず、説明の順番だ。結論の概要を最初に言う。後から根拠を述べる。今回、説明を受けるのは俺だが、俺が欲している情報は、意思決定し、決断するための情報と根拠だ。知っての通り、靴事業と代官業を兼任するので俺は忙しい。だから、説明は簡潔を心がけて欲しい。
もう一点、調査の際に情報の価値を判断できないときは、とにかく量を集めて欲しい。情報をどのように価値づけて順位をつけるか、それについては後の講義で行う。最初は手間を惜しむな。議論して方向を定めるのはいい。だけど、勝手がわからないうちは量を追うんだ。質を追うのは、その後だ」
俺が指摘した点は、それだけだ。
火達磨になった説明(プレゼン)の後で、どれだけ批判されるかと構えていたクラウディオ達は、拍子抜けしたように「それだけ?」という顔をしている。
改善すべき点が短いことにも、意図はある。
改善すべき点として指摘する点も絞り込む。
多くて3点、できれば1点だけ指摘することが理想だ。
それも精神論でなく、技術論がいい。
人間、たかが指摘を受けた程度で次回までに改善できれば苦労はない。
1点だけでも次回までに改善できれば、大したものだと思わなければならない。
「・・・なんというか、変わったやり方をするのですね」
と、クラウディオが言う。
「そうよ!ケンジは変わってるんだから!」
とサラが胸を張って言う。
それは、褒められてるんだろうか。
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