第353話 管理職人材の選抜準備

遠隔地の管理のためには、正しい情報が必要なのは当然のこととして、それを記録して管理し、報告するための仕組みも合わせて整備する必要がある。


情報のインプットとアウトプットの間には、正しい情報処理というプロセスが必要であり、通常は訓練された官吏が法律に基いて記帳することになっている。

そこで低い技能、汚職、怠慢が起こると効率が落ちて、管理側で把握している数値と、現場の実情が合わなくなる。


そして、清廉な官吏をどのように育成するかが、近代国家になれるかどうかの分かれ目になるわけだが、俺が代官に就任するまでに、そんな人材の育成が間に合うはずがない。


なので、教会の若手を借りてくることになる。

今は、教会の若手を教育するための教材を準備しているところだ。

この教材もニコロ司祭の依頼で若手助祭を教育した時の教材を修正したものだ。

あの時は不足していた要素を、今回の教育過程では同じように盛り込むつもりだ。


そうして準備をしていると、護衛についているキリクが


「剣牙の兵団(うち)からも、何人か人を出してもいいでしょうか?」


と依頼してきた。


「もちろん、歓迎するさ」


教会関係者だけの参加ではバランスがとれない。

同じ価値観でないものたちを混ぜて班を編成した方が、教育的効果は高まるだろうから、参加は構わない。

ただ、そう言い出した剣牙の兵団、もっと言えばジルボアの意図は気になる。


「それで、団長(ジルボア)の考えは?」


そう尋ねると、キリクは背筋を伸ばして答える。


「自分には団長のお考えはわかりません!ですが、小団長の考えられる人をまとめる方式を、兵団を拡大するために応用しようと考えているのではないでしょうか」


まあ、そのあたりが妥当というところか。

あるいは、ジルボアに叙爵や領地を与える話でも進んでいるのかもしれないが、そのあたりの事情は聞いても答えたりはしないだろう。


「あたしも、参加してもいい?その、生徒として」


とサラが遠慮気味に聞いてくる。


「いいに決まってるさ。うちの職人からも希望者を募るしな」


当面は教会関係者で回すとしても、自分のところでも現場仕事を超えた高度な管理能力を持つ人材の育成は進めなければならない。

どうせいつかは教育しなければならないのなら、今回のことを切っ掛けに育成ノウハウを貯めてしまうのが効率的だろう。

その対象にサラが含まれてくれるのであれば、言うことはない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そういうわけで、教会からも若手を出していただきたいのですが」


数日後、俺はミケリーノ助祭に人材派遣の依頼をしに教会まで来ていた。

ある程度の話は、もともと通っていたので派遣への同意は容易に取り付けられた。


「きちんと話を聞くように、言い聞かせておいてくださいね」


そう念押しすることも忘れない。

前回のように「平民に話を聞く必要などない」とやられては、教育過程に差し障る。

俺の指摘に前回の自分の姿を思い出したのか、ミケリーノ助祭は微かに赤面したが、注意については


「あの時のケンジさんと、今のケンジさんでは立場が違いますからね。大丈夫だと思いますよ」


とのことだった。


自分の中身は大して変わったとは思わないが、前回と比べれば、枢機卿の靴を作ったことと、代官に任命されていることで聖職者にとって俺の社会的地位は随分と上がったらしい。


「ニコロ司祭から直々に代官就任を依頼されたわけですから、若手の聖職者達が逆らったりするわけがありません」


ということだ。


社会的地位があるというのは面倒くさいことばかりだが、時には面倒くささを軽減してくれることもある。

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